先代が突然引退し、あるいは体調を崩して現場を離れ、気づけば手元には引き継ぎ書の一枚もない——。そんな状態で社長の椅子に座っている方は、決して少数派ではありません。株式の名義や登記、税務については税理士や司法書士という「相談できる専門家」がいます。しかし「会社の中にどんなシステムがあり、どのIDとパスワードで、誰が管理しているか」を教えてくれる専門家は、誰も紹介してくれません。この記事では、引き継ぎ書がない状態から今すぐ着手すべき資料を、優先順位付きで具体的に整理します。結論から言えば、最初の2週間で作るべきは「システム管理台帳」「パスワード・アカウント一覧」「月次業務カレンダー」の3点です。この3つさえあれば、少なくとも「何が分からないか分からない」という一番危険な状態からは抜け出せます。
こんな状態の社長に向けて書いています
- 先代が入院・引退・急逝などで、引き継ぎの時間がほとんど取れないまま社長になった
- 会計ソフトや受発注システムのログイン方法を、経理担当の古参社員しか知らない
- 「このExcelは○○さんしか触れない」という業務がいくつもあることに、就任後に気づいた
- 顧問税理士や取引銀行には相談できるが、社内のITやシステムについて聞ける相手がいない
- 何から手をつければいいか分からず、とりあえず日々の業務をこなすだけで数ヶ月が過ぎてしまった
一つでも当てはまるなら、この記事はあなたのために書いています。
なぜ「引き継ぎ書ゼロ」が起きるのか
先代経営者の多くは、事業承継を「株式の移転」や「後継者への挨拶回り」と捉えがちです。中小企業庁が公表する「事業承継ガイドライン」でも、承継の柱は経営権・資産・知的資産の3つに整理されていますが、現場で最初に語られるのは株式や不動産といった目に見える資産の話です。実際に同ガイドラインでは、経営者所有の不動産の利用状況や担保設定、経営者と会社間の貸借関係、経営者保証の有無といった「財務の見える化」が重点的に扱われており、業務システムや情報資産の引き継ぎは前面には出てきません(中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」)。
つまり、株や登記には司法書士・税理士という「型」が存在するのに対し、社内のシステムや業務手順の引き継ぎには決まった型がありません。先代自身も「自分がやっていた作業」を体系立てて言語化する習慣がなく、日々の業務の中で感覚的に処理してきたことがほとんどです。結果として、後継者の手元には登記簿謄本と決算書はあっても、「毎月25日にどのシステムで何を処理しているか」を示す紙は一枚も残らない、という事態が起きます。
さらに厄介なのは、先代自身が「引き継ぎ書を作らなかった」という自覚すら持っていないケースが多いことです。長年一人で回してきた業務は、本人にとってはあまりに当たり前すぎて、わざわざ文書化する発想が浮かびません。周囲の役員や古参社員も「社長のやることだから」と口を挟まず、結果として誰の目にも触れないまま何十年分ものノウハウが一人の頭の中だけに蓄積されていきます。事業承継のタイミングで初めて、その情報の重さに後継者が気づく、という構図です。
「聞ける人がいない」という孤独
先代が退いた直後の社長が最も強く感じるのは、業務の量そのものよりも「誰にも聞けない」という孤独感です。株式の名義変更で分からないことがあれば、顧問税理士に電話一本で確認できます。しかし「経理が使っているこの古いソフトは何のためのものか」「このIDとパスワードは誰が管理しているのか」といった問いには、答えてくれる専門家がいません。IT顧問契約を結んでいる中小企業はごく一部で、多くの会社では「パソコンに詳しい社員」が実質的な情報システム担当を兼務しているだけ、というのが実情です。
この孤独感を放置すると、後継社長は「触ると壊れそうで怖いから、とりあえず今のまま」という判断を続けがちになります。しかしそれは問題を先送りしているだけで、担当していた古参社員が退職・体調不良になった瞬間に、業務そのものが止まるリスクを抱えたままです。まずは「聞ける専門家がいない」という前提を受け入れた上で、自分たちの手で資料を作るしかない、と腹を括ることが最初の一歩になります。「触ると壊れる」と言われ続けているシステムを実際に調査する順番は、「触ると壊れる」と先代に言われ続けたシステムを調査する順番で解説している。
「株や不動産は専門家に相談できるのに、パソコンの中身については誰にも相談できない」——これは特定の一社だけの悩みではなく、非IT出身で会社を継いだ経営者の多くが口にする感覚です。
税理士は税務のプロであり、司法書士は登記のプロですが、社内システムの構成や業務フローの整理は専門外です。弁護士や公認会計士に事業承継全般を相談していても、「経理のExcelがどう作られているか」までは踏み込んで見てくれません。だからこそ、この領域だけは経営者自身が音頭を取って可視化を進める必要があります。
緊急で作るべき資料一覧(優先順位つき)
以下は、引き継ぎ書がゼロの状態から着手すべき資料を、緊急度の高い順に並べたものです。全てを一度に完璧に作る必要はありません。まずは1〜3を今週中に、4〜6を今月中に埋めることを目標にしてください。
| 優先度 | 資料名 | 目的 | 目安の作成時間 |
|---|---|---|---|
| 1 | システム管理台帳 | 使っているシステム・ソフトの全体把握 | 半日〜1日 |
| 2 | パスワード・アカウント一覧 | ログインできず業務停止する事態の回避 | 半日 |
| 3 | 月次・年次業務カレンダー | いつ何をしなければならないかの把握 | 半日 |
| 4 | 取引先・契約一覧 | 支払い漏れ・契約切れの防止 | 1〜2日 |
| 5 | 属人化業務のヒアリングメモ | 「あの人しかできない」業務の洗い出し | 継続的 |
| 6 | 緊急連絡先リスト | システム障害・トラブル時の一次対応先 | 半日 |
この順番には理由があります。1と2がなければ、そもそも日々の業務が回りません。3がなければ、「今月何をすべきか」自体が分からず後手に回ります。4以降は「今すぐ止まらないための対応」から「中長期的なリスクを解消するための対応」へと段階が移っていきます。優先度を無視して「取引先一覧から手をつけたい」と思う方もいるかもしれませんが、まず自社の頭脳にあたるシステムの全体像が見えていないと、取引先情報がどのシステムに紐づいているのかすら判断できません。順番通りに進めることを強くおすすめします。
資料1:システム管理台帳を最優先で作る理由
先代が退いた会社で最初にぶつかる壁は、「自社がどんなシステムを使っているのか、社長自身が把握していない」という事実です。会計ソフト、受発注システム、給与計算ソフト、勤怠管理、顧客管理のExcelファイル——これらが誰の管理下にあり、いつから使われ、いつまでサポートが続くのか。こうした情報を一元管理する台帳を、私たちはシステム管理台帳と呼んでいます。
台帳がない状態では、たとえば経理担当が急に休職した場合に「今月の給与計算がどのソフトで行われているか」すら分からず、支払いが止まりかねません。台帳作成の第一歩は難しく考えず、社内で使っているシステム・ソフト・クラウドサービスを一覧化するだけで構いません。次のような項目を最低限押さえてください。
- システム名・ソフト名
- 用途(会計、受発注、勤怠など)
- 導入時期とベンダー(分かる範囲で)
- 主な利用者・管理者
- ログイン方法とパスワードの保管場所
- サポート終了の有無
台帳を作る際に有効なのは、パソコンのデスクトップやスタートメニューに並んでいるアイコンを一つずつ確認していく方法です。使われていないように見えるアイコンでも、月に一度、決算や年次処理のときだけ使うソフトということもあります。古参社員に「このアイコン、何に使っていますか」と一つずつ聞いて回るだけでも、思いがけず重要なシステムが見つかることがあります。この現状調査(棚卸し)の進め方をより体系的に知りたい場合は、先代システムの現状調査(棚卸し)のやり方を参照してほしい。
資料2:パスワードとアカウントの一覧化
システム管理台帳と並行して、あるいはそれ以上に急ぐべきなのがパスワード管理です。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」では、パスワードは「長く」「複雑に」「使い回さない」の3原則が推奨されていますが、多くの中小企業の実態はその真逆です(IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」)。同一のパスワードが複数システムで使い回され、それを知っているのが経理担当者一人だけ、というケースは珍しくありません。
先代が退いた直後にまず確認すべきは、次の3点です。
- 銀行のインターネットバンキングにログインできるか
- 会計ソフト・給与計算ソフトにログインできるか
- 取引先とのメールやクラウド共有フォルダにアクセスできるか
これらにログインできない状態は、単なる不便ではなく事業継続上のリスクです。パスワードを紙やExcelにそのまま書き出すのは望ましくありませんが、緊急避難的にでも「誰が何を知っているか」を可視化し、金庫や施錠できるキャビネットで保管する、あるいはパスワード管理ツールに移行するといった対応を、まずは着手してください。
特に見落とされがちなのが、ドメイン取得業者・サーバー契約・クラウドストレージの管理者アカウントです。会社のホームページやメールが使えなくなって初めて、そのドメインの契約者情報が先代個人のメールアドレスのままだった、という事態に気づくケースもあります。契約者情報と支払い方法(クレジットカードの名義)は、システムそのものと同じくらい重要な引き継ぎ事項として扱ってください。
資料3:月次・年次業務カレンダーで「いつ何をするか」を掴む
会社を回す上で意外と抜け落ちやすいのが「時間軸」の情報です。給与の締め日と支払日、社会保険料の納付期限、決算・税務申告のスケジュール、取引先への請求書発行日——こうした「毎月・毎年繰り返される業務」の全体像を、先代は頭の中にだけ持っていたケースがほとんどです。
この業務カレンダーがないと、後継社長は毎月「今月は何をすべきだったか」を後から気づく形で学んでいくことになり、支払い遅延や申告漏れといったトラブルに直結します。作成する際は、次のようにシンプルな表で構いません。
例:毎月25日 給与振込/毎月末 請求書発行/翌月10日 源泉所得税納付/毎年5月 決算・法人税申告
古参社員や顧問税理士へのヒアリングを通じて、まずは「毎月やること」を埋めるところから始めてください。年次のものは決算・税務のタイミングで顧問税理士に確認すれば、比較的早く整理できます。カレンダーができあがったら、社内で共有できるカレンダーアプリやホワイトボードに転記し、社長一人だけが把握している状態を避けることも重要です。誰か一人が体調を崩しても、別の誰かが「今月やるべきこと」を見て動ける状態を目指してください。
資料4:取引先・契約の一覧化
システムと並んで見落とされがちなのが、契約関係の一覧です。リース契約、システムのサブスクリプション、保守契約、業務委託契約——これらは口頭やメールのやり取りだけで継続していることが多く、契約書の原本がどこにあるかすら分からない、という状態も珍しくありません。
特に注意したいのが、古いシステムの保守契約です。先代の代からずっと使い続けている古いシステムが、実は年間数十万円の保守費用を払い続けているのに、その内容を誰も把握していない、というケースは中小企業でよく見られます。契約一覧を作る際は、少なくとも次の情報を押さえてください。
- 契約先の会社名・担当者連絡先
- 契約内容と金額
- 契約更新日・解約条件
- 契約書の保管場所(原本・PDF)
契約書が見当たらない場合は、通帳やクレジットカードの明細から毎月・毎年引き落とされている項目を洗い出す方法が有効です。「何のための支払いか分からないが、ずっと引き落とされている」という項目が見つかったら、それこそが最も引き継ぎが必要だった契約である可能性が高いといえます。
資料5:属人化業務のヒアリングメモ
台帳や一覧の整備と並行して進めたいのが、「あの人しかできない業務」の洗い出しです。長年同じ担当者が同じ業務を続けていると、その人にしか分からない手順や判断基準が積み重なっていきます。これがいわゆる属人化で、担当者が急に休んだり退職したりした瞬間に、業務そのものが止まってしまうリスクをはらんでいます。
属人化しやすい業務の典型例としては、次のようなものが挙げられます。
- 特定の社員だけが使いこなしているマクロ付きのExcel集計表
- 古参の経理担当だけがパスワードを知っているデータベースソフトの顧客台帳
- 発注のタイミングや数量の判断が、一人の経験と勘に頼っている業務
こうした業務は一度に全て解消しようとせず、まずは「誰が」「何を」「どういう手順で」やっているかをヒアリングしてメモに残すことから始めてください。完璧なマニュアルである必要はなく、後から見返して「この業務の全体像が分かる」程度のメモで十分です。ITトレンド等の業務改善に関する解説記事でも、属人化している業務が特定できたら、誰が担当しても同じ成果が出せるよう手順や注意点を明記したマニュアルを作成し、引き継ぎと運用を通じて継続的に改善していく進め方が推奨されています(ITトレンド「中小企業における属人化の解消方法とは」)。
ヒアリングの際は、いきなり「マニュアルを作ってください」と丸投げするのではなく、社長自身か担当者が横についてメモを取りながら質問していく形が有効です。「なぜその順番でやるのか」「その判断はどんな基準でしているのか」を掘り下げて聞くことで、本人も意識していなかった暗黙のルールが見えてくることがあります。
資料6:緊急連絡先リストの整備
システムトラブルや障害が起きたとき、誰に連絡すればいいか分からない、という状況も後継社長を苦しめます。会計ソフトのサポート窓口、パソコンやネットワークのトラブル対応をしてくれる業者、ホームページの更新を頼んでいた制作会社——こうした連絡先を一枚のリストにまとめておくだけで、いざというときの初動が大きく変わります。
先代が個人的に付き合いのあった業者に連絡先が集約されていることも多いため、後継社長への引き継ぎがないまま先代が退くと、この連絡先そのものが失われてしまう恐れがあります。先代の携帯電話やメールの履歴、名刺入れなどから、心当たりのある業者を一つひとつ洗い出す作業になりますが、後回しにせず早めに着手してください。
緊急連絡先リストには、業者名・担当者名・連絡先だけでなく、「何を頼んでいた相手か」を一言添えておくと、いざというときに迷わず済みます。「パソコンの調子が悪いときはこの業者」「ホームページの内容変更はこの業者」といった具合に、トラブルの種類ごとに参照できる形にしておくのが理想です。
システムが「いつまで使えるか」を確認する
台帳作りと並行してぜひ確認しておきたいのが、各システムのサポート状況です。古いソフトやOSは、ある時点で開発元によるサポートが打ち切られるEOL(サポート終了)を迎えます。EOLを迎えたシステムを使い続けると、セキュリティの脆弱性が発見されても修正されないまま放置されることになり、情報漏えいや業務停止のリスクが高まります。
台帳を作る過程で「このソフト、いつ導入したか分からない」「バージョンが古そうだ」と感じたものがあれば、ベンダーや販売代理店に問い合わせて、サポート終了時期を確認しておくことを強くおすすめします。特に受発注や会計など、事業の根幹に関わるシステムがEOLを迎えているにもかかわらず放置されているケースは、承継直後の会社で頻繁に見つかります。
サポートが切れていることが分かっても、すぐに全面的な入れ替えを決断する必要はありません。まずは「いつまでに何を判断しなければならないか」という締め切りを把握することが目的です。台帳にサポート終了時期を書き込んでおけば、後日改めて入れ替えの要否や予算を検討する材料になります。
いきなり全部は無理。まず2週間でここまで
引き継ぎ書ゼロからのスタートで一番やってはいけないのは、「完璧な資料を一気に作ろうとして、結局手が付けられない」という状態に陥ることです。以下のようなスケジュール感で、まずは最低限を押さえることを目指してください。
- 1週目:システム管理台帳のたたき台作成、ログインできないシステムの洗い出しと対応
- 2週目:パスワード・アカウント一覧の整備、月次業務カレンダーの作成
- 1ヶ月目:取引先・契約一覧の整備、緊急連絡先リストの作成
- 2〜3ヶ月目:属人化業務のヒアリングと簡易マニュアル化
このスケジュールはあくまで目安です。会社の規模や業種によって前後しますが、「まず動けるようにする」ことを最優先に、資料の完成度は後から高めていくという発想で進めてください。最初の2週間で完璧を目指す必要はなく、6割程度の完成度で構いません。むしろ「後から追記・修正できる形」で残しておくことのほうが、長期的には重要です。
古参社員との向き合い方
引き継ぎ資料を作る過程で避けて通れないのが、長年その業務を担ってきた古参社員へのヒアリングです。ここで注意したいのは、資料作りを「監視」や「業務のあら探し」と受け取られないようにすることです。後継社長が「なぜマニュアルがないのか」「なぜこんな古いやり方をしているのか」という姿勢で接すると、古参社員は警戒し、必要な情報を出し渋る可能性があります。先代の時代から積み上げてきたやり方には、それなりの理由があることも多いものです。まずは「会社を安定して続けるために、あなたの頭の中にある知識を記録させてほしい」という趣旨を丁寧に伝え、協力を仰ぐ姿勢で臨むことが、結果的に情報を早く正確に集める近道になります。
また、古参社員の中には「自分にしかできない仕事がある」ということに、ある種の誇りや安心感を持っている方もいます。マニュアル化がその誇りを奪う行為だと受け取られないよう、「あなたのノウハウを会社の財産として残したい」というポジティブな言葉がけを意識するとよいでしょう。ヒアリングの場を設ける際も、忙しい業務の合間に片手間で聞くのではなく、あらかじめ日時を決めて落ち着いて話せる環境を用意することが、情報の質を高めます。従業員数が多い会社では、この聞き取りに全部署を回るのにどれくらいの期間を見込むべきかも重要な論点になる。ガイド従業員100人超の承継1年目は、全部署を回るのに何ヶ月かけるべきかを参照してほしい。
資料作りを「一人」で抱え込まない
ここまで紹介した資料は、社長一人で全て作る必要はありません。経理担当には経理まわりのシステムと業務カレンダーを、営業担当には取引先一覧と受発注の流れを、というように、業務ごとに担当者へ協力を依頼する形で進めると、負担が分散されるだけでなく、社長自身が知らなかった業務の実態を把握するきっかけにもなります。
また、顧問税理士や取引銀行の担当者に「システムや業務の引き継ぎについて相談できる先はないか」と尋ねてみるのも一つの手です。直接の専門家ではなくても、同じように事業承継を経験した経営者や、地域の商工会議所を紹介してもらえることがあります。中小企業基盤整備機構が提供する事業承継支援の窓口も、直接的なIT支援ではないものの、経営全般の相談先として活用できます(中小企業基盤整備機構「事業承継支援マニュアル」)。
社内に「パソコンに詳しい」という理由だけで、なし崩し的に情報システム担当を任されている社員がいる場合は、その社員に資料作りの取りまとめ役を正式に依頼するのも有効です。役割を明確にすることで、本人の責任範囲もはっきりし、後継社長への報告もしやすくなります。
台帳ができた後にやるべきこと
システム管理台帳や業務カレンダーが一通り整った後は、そこで安心して終わりにするのではなく、定期的な更新の仕組みを作ることが重要です。台帳は一度作って終わりではなく、システムの入れ替えや契約の更新があるたびに書き換えていく「生きた資料」として運用してこそ意味があります。
台帳の更新を誰か一人の担当に固定してしまうと、その担当者が異動・退職した際にまた同じ問題が繰り返されます。半年に一度など、決まった頻度で「台帳の内容に変更はないか」を確認する棚卸しの機会を、社長自身がカレンダーに組み込んでおくことをおすすめします。台帳の存在自体を忘れてしまっては意味がないため、決算のタイミングなど、毎年必ず発生するイベントと紐づけて見直す習慣をつけるとよいでしょう。
単一障害点をあぶり出す視点を持つ
台帳やヒアリングメモを作りながら意識してほしいのが、「この人・このシステムが止まったら、会社の何が止まるか」という視点です。特定の担当者や特定のシステムに業務が集中し、そこが機能停止すると事業全体が止まってしまう状態を、単一障害点(SPOF)と呼びます。
引き継ぎ書がない状態というのは、まさに先代自身が会社にとっての単一障害点になっていた、ということの裏返しでもあります。同じ構造を後継社長や特定の社員が引き継いでしまわないよう、資料作りと並行して「誰か一人が欠けても業務が止まらない体制」を意識して整えていくことが、長期的なリスク低減につながります。
具体的には、台帳を作る過程で「この項目、担当者が一人しかいない」と気づいたものに印をつけておき、後から順番にバックアップ担当を決めていく、という進め方が現実的です。全ての業務を複数人で担当できる体制にするのは難しくても、「最低限、緊急時に誰が代わりに動けるか」を一つずつ決めておくだけで、リスクは大きく下がります。
承継直後だからこそ生まれる「見直しの好機」
引き継ぎ書がゼロだったことは、確かに大きな負担です。しかし裏を返せば、これまで誰も疑問を持たずに続けてきた業務のやり方を、後継社長という新しい視点で一から見直せる、またとない機会でもあります。先代の時代には「そういうものだ」として通っていた非効率なやり方も、後継社長が資料化の過程で気づき、改善につなげられる可能性があります。
もちろん、就任直後から大きな変更を次々と打ち出すのは、古参社員の反発を招きかねず得策ではありません。まずは現状を正確に資料として把握することに専念し、変更や改善は資料が一通り整ってから、優先度をつけて着手するという順序を守ることをおすすめします。
資料をデジタルで残すか、紙で残すか
資料の保管形式について迷う方もいるかもしれません。結論としては、両方を併用することをおすすめします。パソコンやクラウド上のファイルであれば検索性が高く更新も容易ですが、そのパソコン自体にログインできなくなったり、クラウドサービスのアカウントが凍結されたりすると、肝心なときに開けないという事態が起こり得ます。特にシステム管理台帳やパスワード一覧のように「緊急時に真っ先に必要になる資料」は、クラウド上のファイルとして共有フォルダに置きつつ、要点だけを印刷して施錠できるキャビネットにも保管しておくと安心です。
デジタル管理を選ぶ場合、表計算ソフトで十分に始められます。高価な専用ツールを最初から導入する必要はなく、まずはExcelやスプレッドシートで台帳のたたき台を作り、運用に慣れてきたら専用の資産管理ツールへの移行を検討する、という段階的なアプローチが現実的です。大事なのは形式よりも「資料が存在し、更新され続けている」という状態そのものです。
後継社長自身が学ぶべきIT用語の最低限
引き継ぎ資料を作る過程で、後継社長自身がIT用語に不慣れなために、古参社員や外部業者との会話でつまずくことがあります。全てを理解する必要はありませんが、最低限「バックアップ」「クラウド」「ライセンス」「保守契約」「サポート終了」といった言葉の意味は押さえておくと、資料作りやヒアリングの精度が上がります。分からない言葉が出てきたら、その場で聞き返すか、後で調べてメモに残す習慣をつけてください。分からないまま流してしまうと、後で同じ疑問に何度もぶつかることになります。
外部の業者と話す際も、専門用語を並べられて分からないまま契約を進めてしまうと、後々「聞いていた話と違う」というトラブルにつながりかねません。分からない言葉が出たら「それはどういう意味ですか」と素直に聞き返すことは、決して恥ずかしいことではなく、むしろ経営者として当然の姿勢です。
外部の力を借りるタイミングの見極め方
ここまで紹介した資料作りは、基本的に社内の人員だけで進められる内容です。しかし、台帳を作る過程で「システムが複雑すぎて社内では把握しきれない」「古いシステムの中身がブラックボックス化していて誰も触れない」といった壁にぶつかることもあります。そうした場合は、無理に社内だけで解決しようとせず、外部の専門家に部分的にでも相談することを検討してください。
外部に相談する際も、いきなり大規模なシステム刷新を依頼する必要はありません。まずは「今使っているシステムの現状を一緒に棚卸ししてほしい」という小さな依頼から始められる相手を探すのが現実的です。何を相談すればよいかも分からない段階では、社内で作った台帳やヒアリングメモをそのまま見せるだけでも、話が早く進みます。日頃から資料を整備しておくことは、いざ外部に相談する場面でも役立つのです。こうした「先代しか分からなかったシステムが誰にも触れない」状態を専門に引き受ける会社(システム引き継ぎ・レスキュー、運営会社ゼットリンカーの受託メニュー)に相談する選択肢もあります。
まとめ:完璧より「まず可視化」
引き継ぎ書がゼロの状態から出発するのは、決して珍しいことではありません。株式や登記であれば頼れる専門家がいても、社内のシステムや業務手順については誰も体系立てて教えてくれない、というのが多くの後継社長が直面する現実です。だからこそ、まずは完璧な資料を目指すのではなく、「システム管理台帳」「パスワード・アカウント一覧」「月次業務カレンダー」という3点から、可視化に着手してください。
そこから取引先・契約一覧、属人化業務のヒアリング、緊急連絡先の整備へと範囲を広げていけば、数ヶ月後には「先代しか分からなかったこと」の大部分が、会社の共有財産として文書に残っている状態に近づきます。焦らず、しかし着実に、今日から手を動かしてみてください。承継後すぐに始められる記録の習慣化については、引き継ぎ書がない会社が承継後すぐに始めるシステム記録術も参考になる。
