基幹システムの刷新を開発会社に相談したところ、最初の打ち合わせの終わりに「御社の窓口はどなたにしましょうか」と聞かれる。社長はその場で、パソコンに詳しい入社5年目の社員の名前を挙げる。ところが要件の打ち合わせが始まると、開発会社からの質問に「社長に確認します」「工場長に聞いてみます」と答える日が続き、決まらない項目が積み上がっていく。窓口を任された社員は本来の仕事と板挟みになり、先代の代から現場を回してきた工場長は「若いのが勝手に決めている」と不満を口にし始める。
刷新の社内担当者は、開発会社にとっては連絡先の1人でも、社内では「何を作るかを決める人」と「社内の情報を集めて開発会社とつなぐ人」の2つの仕事を背負うことになります。この記事では、その2つを分けて誰に任せるかを整理します。
この記事は2026年10月9日時点で、IPA(情報処理推進機構)の「情報システム・モデル取引・契約書」第二版と、中小企業基盤整備機構の「中小企業のDX推進に関する調査(2026年2月)」を確認して書いています。
先に要点をまとめます。
- 社内担当者は1人に全部任せず、「決める人(責任者)」と「つなぐ人(窓口役)」に分けて選びます。 IPAのモデル契約書のひな型も、発注側に責任者と主任担当者を別々に置く形になっています
- 責任者は社長自身か、決裁を任せた役員が務めます。 要件定義の確定や納品物の検収は、費用と業務の両方に関わる会社としての判断だからです
- 窓口役は、ITに詳しいかどうかより「現場の業務を説明できるか」「社内の誰に聞けばよいか分かるか」「平日に時間を空けられるか」で選びます。 兼任で任せる場合は、外す仕事と自分で答えてよい範囲を先に決めておきます
どんな会社向けの記事か
- 先代から会社を継ぎ、基幹システムや販売管理などの刷新を開発会社に相談し始めた、または相談する予定がある
- 社内に情報システムの専任者がおらず、総務・経理・現場の誰かに兼任で頼むことになりそう
- 先代の時代は、先代自身が開発会社とやり取りしていて、社内に「システムの担当者」という役割がなかった
- 窓口を誰にするかで、古参社員と若手のどちらを立てるべきか迷っている
この記事が扱うのは、発注から新しいシステムが動き出すまでの刷新の期間です。稼働した後の運用期の窓口と開発会社との役割分担は、運用フェーズの体制。承継後の社内と開発会社の役割分担で扱っています。
社内担当者を1人に決めると、何が起きるのか?
決める権限のない人に窓口を任せると、質問が社長や現場に回るたびに打ち合わせが止まります。逆に決める仕事まで1人に任せると、その人しか経緯を知らない状態ができます。
刷新の期間に社内で発生する仕事は、大きく2種類に分かれます。1つは「決める仕事」で、どの業務をシステムに載せるか、どの例外処理を残すか、追加の要望を受け入れて費用を増やすか、納品されたものを合格とするか、といった判断です。もう1つは「つなぐ仕事」で、開発会社からの質問を社内の詳しい人に回す、打ち合わせの日程を調整する、議事録の内容が社内の認識と合っているかを確かめる、といった作業です。
冒頭の例は、つなぐ仕事だけを任せた人に、決める仕事の答えまで求めてしまった形です。窓口役が答えられない質問は社長か工場長に回り、回答が返るまで開発会社の作業も止まります。
反対に、決める仕事もつなぐ仕事も全部1人に任せると、打ち合わせは早く進みます。ただし、なぜその仕様に決めたのかを知っているのはその人だけになり、属人化が刷新の段階で始まります。その人が異動や退職をすれば、新しいシステムの経緯を誰も説明できなくなります。社長が発注者として何を決めるべきかは、丸投げ発注が失敗する理由と、承継社長が果たすべき発注者の役割で整理しています。
契約書のひな型では、発注側に誰を置くことになっているか?
IPAのモデル契約書では、発注側(ユーザ)は「責任者」と「主任担当者」を選んで開発会社に書面で知らせます。仕様の確定や検収は責任者、日常の連絡や調整は主任担当者の役割です。
IPAが公開している「情報システム・モデル取引・契約書」第二版は、ユーザ企業、ITベンダ、法律の専門家が参加して作られた契約書のひな型です。このうち「ソフトウェア開発委託基本モデル契約書」には、発注側と開発会社の体制について次の条文があります。
| 条文 | ひな型の定め | 社内に当てはめると |
|---|---|---|
| 第9条(責任者) | 双方が責任者を選んで書面で知らせる。発注側の責任者は、要件定義書・外部設計書の確定、納入物の検収、変更管理書の交付などの権限と責任を持つ | 社長、または決裁を任せた役員 |
| 第10条(主任担当者) | 責任者の下に、連絡確認と必要な調整を行う主任担当者を選ぶ。日常的な連絡・確認は原則として主任担当者を通じて行う | 窓口役。現場と開発会社をつなぐ社員 |
| 第12条(連絡協議会) | 進捗やリスク、課題を話し合う会議を定期的に開く。双方の責任者と主任担当者が出席し、議事録には双方の責任者が記名押印する | 定例の打ち合わせ。責任者も出席して議事録を確認する |
ひな型の第8条は、開発会社が技術と知識を提供することと並べて、発注側が「システム仕様書の早期かつ明確な確定」をすることが重要だと書いています。同じ条の第3項では、双方が受け持つ作業を遅らせたり実施しなかったりした場合に、相手に対して責任を負うことにも触れています。発注側の決める仕事も、契約上の分担の一部として扱われているということです。
このひな型はそのまま使う義務のある書式ではなく、実際の契約書は開発会社ごとに違います。手元の契約書や見積書に「体制」「責任者」「窓口」の項目があるかを確かめ、無ければ打ち合わせの議事録に体制を書いてもらうよう頼んでおくと、後で「誰が決めたのか」で揉めにくくなります。
責任者は誰が務めるのか?
社長自身か、決裁を任せた役員が務めます。社長がすべての打ち合わせに出られない場合は、役員が決めてよい範囲を先に書き出しておきます。
責任者が決めることには、費用が増えるかどうかが絡みます。追加の要望を受け入れれば見積もりが変わり、検収で合格を出せば支払いが始まります。社内でその判断ができるのは、予算を動かせる人だけです。
先代の時代に先代が開発会社と直接話していた会社では、承継社長がそのまま責任者になるのが自然です。社長が営業や取引先回りで打ち合わせに出られない日が多い場合は、専務や工場長などの役員に任せることもできます。その場合は「追加費用が出る変更は社長に上げる」「画面の項目名や並び順は役員が決めてよい」というように、任せる範囲を紙1枚に書いて本人と開発会社の両方に渡しておきます。
納品物を合格とするかどうかの判断は、検収と呼ばれ、責任者の仕事のなかでも後から取り消しにくいものです。検収の進め方は検収とは?後継社長が納品時にやるべき確認と落とし穴を参照してください。
窓口役には、どんな人が向いているか?
現場の業務を説明でき、社内の誰に聞けばよいか分かっていて、平日に時間を空けられる人が向いています。パソコンやITに詳しいかどうかは、その次の条件です。
開発会社から窓口役に届く質問の多くは、「この伝票は誰がいつ起こすのか」「この取引先だけ単価が違うのはなぜか」といった業務の質問です。ITの用語は開発会社が説明できますが、自社の業務の事情は社内の人にしか分かりません。
候補になりやすい人ごとの向き不向きは、次のとおりです。
| 候補 | 窓口役として向いている点 | 任せる前に確認すること |
|---|---|---|
| 現場を長く知る古参社員 | 業務の例外や取引先ごとの事情を知っている。現場の人に聞きに行きやすい | 今のやり方を守る側に立ちやすい。決める権限は持たせず、聞き取りの要として頼む |
| ITが得意な若手社員 | 画面や操作の話を開発会社と進めやすい。新しい道具への抵抗が少ない | 業務の背景を知らないことがある。古参社員に聞きに行ける関係か、社長が後ろ盾になれるか |
| 総務・経理の兼任者 | 部署をまたいだ情報を集めやすい。請求や契約の書類にも慣れている | 締めや年末調整の時期と打ち合わせが重ならないか。繁忙期の代わりの人を決められるか |
| 親族の役員 | 社長と話が早い。先代とも話しやすい | 窓口と責任者の両方を兼ねると、社内から「家族で決めている」と見られやすい。役割を社内に説明する |
| 社長自身が窓口も兼ねる | 決めるのが速い。社員数が10人前後の会社では現実的なこともある | 社長の予定で打ち合わせが止まる。日程調整と議事録の確認だけでも誰かに分ける |
どの候補にも一長一短があり、1人で全部の条件を満たす人がいないことのほうが多いはずです。その場合は、窓口役を1人に決めたうえで「業務の質問はこの人に聞く」という相談相手を部署ごとに1人ずつ決めておくと、窓口役が全部を知っている必要がなくなります。
兼任で任せるとき、先に何を決めておくか?
外す仕事、自分で答えてよい範囲、記録の置き場所の3つです。専任者を採用できる会社は多くないため、兼任を前提に負担の逃がし先を作ります。
中小企業基盤整備機構が全国の中小企業1,000社の経営者・経営幹部に行った調査(2025年12月実施、2026年2月公表)では、DXに取り組むうえでの課題として「ITに関わる人材が足りない」が28.3%、「DX推進に関わる人材が足りない」が25.6%でした。従業員21人以上の企業に限ると、それぞれ36.4%、34.7%に上がります(中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査(2026年2月)」全体版)。刷新のために専任の担当者を採用するより、今いる社員に兼任で頼む会社のほうが多いと考えて準備します。
兼任で頼むときに決めておくことは、次の3つです。
- 外す仕事と、代わりにやる人。 窓口役の仕事は、打ち合わせの準備、質問の回答集め、議事録の確認と、本来の仕事とは別に時間を取ります。必要な時間は会社の規模と刷新の範囲で変わるため、開発会社に「窓口役に週どのくらいの時間を見込めばよいか」を聞いてから、本来の仕事のどれを誰に渡すかを決めます
- 窓口役が自分で答えてよい範囲。 「打ち合わせの日程」「既にある帳票の見本を渡すこと」は窓口役が決めてよい、「業務のやり方を変える提案」「費用が変わる話」は責任者に上げる、というように線を引きます。線がないと、窓口役は全部を社長に確認するか、全部を自分で抱えるかのどちらかになります
- 記録の置き場所。 開発会社からの質問とその回答、打ち合わせの議事録を、社内の共有フォルダなど決まった場所に置きます。窓口役が休んだり交代したりしても、責任者がそこを見れば経緯が分かる状態にしておきます
開発会社に渡す資料の作り方は、要件定義、開発会社に伝わる資料の作り方で扱っています。窓口役が質問の回答を集めるときにも、同じ資料を使えます。
古参社員を窓口役にするとき、何に気をつけるか?
決める権限は責任者に残し、古参社員には現場の業務を聞き取る要として頼みます。頼む理由を社長から本人に直接伝えると、役割の線引きが伝わりやすくなります。
先代の代から現場を回してきた古参社員は、業務の例外を一番よく知っている人です。一方で、刷新で仕事の進め方が変わる当事者でもあり、窓口役として開発会社の質問に答えるうちに、今のやり方をそのまま新しいシステムに写す方向へ話が進むことがあります。
古参社員に窓口役を頼むときは、「今のやり方のどこに意味があるかを一番知っているので、開発会社にそれを説明してほしい。どれを残すかは自分が決める」と、役割を分けて伝えます。決める権限を持たせない代わりに、説明した内容がどう扱われたかを、定例の打ち合わせで本人にも見えるようにしておきます。
古参社員の反発や、刷新をきっかけにした離職の心配がある場合は、古参社員を説得する、システム刷新の説明会の準備と進め方も参考にしてください。
任命したことは、誰にどう伝えるか?
社内には社長から全員に、開発会社には書面で伝えます。社内への伝え方で、窓口役が質問しに行ったときに協力してもらえるかが変わります。
窓口役は、刷新の期間中に何度も他の部署へ「この業務はどうしていますか」と聞きに行くことになります。社長が朝礼や会議で「刷新の窓口は○○さんに頼んだ。質問が来たら協力してほしい」と一言伝えておくだけで、窓口役が1人で頭を下げて回る負担が減ります。
開発会社には、責任者と窓口役の名前、窓口役が答えてよい範囲を、メールか打ち合わせの議事録で伝えます。モデル契約書の第9条・第10条も、責任者と主任担当者を書面で相手に知らせる形にしています。書面に残しておけば、後から「誰の指示で決めたのか」を確かめられます。
今週やること
- 刷新の期間に発生しそうな「決める仕事」と「つなぐ仕事」を書き出し、決める仕事を誰が持つかを決める。 社長が持てない部分は、任せる役員と任せる範囲を紙1枚にまとめます
- 窓口役の候補を2〜3人挙げ、この記事の表で向き不向きを確かめる。 候補の本来の仕事のうち、外せるものと代わりの人もあわせて考えます
- 開発会社に、窓口役に見込む時間と、体制を書面にまとめる方法を聞く。 契約書や見積書に体制の項目があるかも確認します
