結論から言うと、社内Wi-Fiが不安定なとき、最初に疑うべきは「電波の混雑」と「機器の老朽化」の二つです。難しい専門知識がなくても、手順を踏んで一つずつ切り分けていけば、外部の業者を呼ぶ前に原因の見当をつけることができます。この記事では、その調査手順を承継直後の経営者の視点で順番に解説します。

こんな場面を想像してみてください。朝、事務所に出社すると、経理担当のパートさんから「クラウド会計にログインできません」と声をかけられる。営業からは「客先に送る見積書がなぜか送信エラーになる」と電話が入る。先代の時代からいる総務のベテラン社員に聞いても「前からたまに調子悪いんですよ、そのうち直りますよ」という頼りない返事しか返ってこない。そして自分自身は、経理や総務の実務は先代から一通り引き継いだつもりでも、社内ネットワークの構成図など見たこともなく、ルーターがどこにあるのかさえ把握していない——。こういう状態に心当たりがあるなら、この記事はまさにあなたのために書いています。

会社を継いだ社長は、株式の名義変更や登記の手続きについては顧問の税理士や司法書士という明確な相談先を持っています。しかし「社内のネットが不安定」という悩みには、相談できる専門家が身近にいないことがほとんどです。総務担当者に聞いても「昔からこうだった」で終わってしまい、IT顧問がいる会社は中小企業ではまだ少数派です。だからこそ、経営者自身が最低限の調査手順を知っておくことには大きな価値があります。今日から使える具体的なチェックリストとして、この記事を活用してください。

Wi-Fi不安定の背景には「見えない混雑」がある

まず知っておいてほしいのは、Wi-Fiの不調は多くの場合、目に見えない「電波の混雑」が原因だという点です。総務省の電波利用ポータルや民間の無線LAN専門企業の技術解説によれば、無線LANは2.4GHz帯・5GHz帯・6GHz帯という複数の周波数帯を使い分けており、特に2.4GHz帯は電子レンジやBluetooth機器などの家電製品と帯域を共有しているため、干渉が起きやすい構造になっています。一方で5GHz帯はWi-Fi専用の周波数のため電波干渉を起こしにくいとされていますが、近隣の別の会社のアクセスポイントとチャンネルが重複していれば、やはり速度低下や接続不安定の原因になります。つまり「なんとなく調子が悪い」という現象の裏には、目視では分からない電波同士のケンカが起きていることが多いのです。

承継社長がまず持つべき心構え

調査を始める前に、承継直後の社長として押さえておきたい心構えが二つあります。一つは「先代のやり方を否定しない」という姿勢です。今のネットワーク環境は、先代が当時の予算や知識の範囲で最善と判断して作ったものです。設置場所やルーターの選定に問題があったとしても、それを声高に批判する必要はありません。もう一つは「古参社員の経験則を一次情報として扱わない」という姿勢です。「前からこうだった」という証言は有益な手がかりですが、それが原因の断定にはなりません。経験と実際の電波状況は別物だと割り切って、これから紹介する手順で客観的に確認していきましょう。

手順1:まず「いつ・どこで」不安定になるかを記録する

最初にやるべきことは、原因を推測する前に「事実」を集めることです。以下のような簡単な記録表を作り、社員に1週間ほど記録してもらうと状況が驚くほど整理されます。

社内Wi-Fi不調を承継社長が自分で切り分ける調査手順を示すフロー図。

項目記録内容の例
発生日時8/12 14:00頃
発生場所2階営業フロア
使っていた作業クラウド会計へのログイン
現象接続が切れる/極端に遅い
同時に混んでいた人数会議中で10人が同時接続

この記録が集まると、「特定の時間帯(会議中や昼休み明けなど)に集中している」「特定の場所(会議室、2階の奥など)に集中している」といった傾向が見えてきます。ここまでやらずに「ネットが遅い気がする」という印象だけで機器交換や業者呼び出しに走ると、的外れな対策にコストをかけてしまうことがあります。

なぜ承継企業でWi-Fi問題が起きやすいのか

そもそも、なぜ事業承継のタイミングでこうした通信トラブルが表面化しやすいのでしょうか。理由は大きく三つあると考えられます。

一つ目は、先代の時代には社員数が少なく、同時に接続する機器の数も少なかったため、多少の電波干渉があっても問題として認識されなかったという点です。事業が成長し、社員が増え、クラウドサービスの利用が広がるにつれて、当初は十分だったネットワーク環境が徐々に限界を迎えていきます。しかし、日々の忙しさの中でその変化は緩やかに進むため、誰も「今が交換のタイミングだ」と声を上げないまま何年も経過してしまうのです。

二つ目は、先代が現場を退いたことで、当時の導入経緯や設定の意図を知る人がいなくなってしまう点です。「なぜこの場所にルーターを置いたのか」「なぜこの契約プランを選んだのか」という背景を誰も説明できない状態のまま、機器だけが動き続けています。これは通信トラブルに限らず、事業承継全般に共通する「暗黙知の断絶」という課題の一部でもあります。

三つ目は、後継社長自身がIT分野に強い関心を持っていないケースが多く、優先順位が低くなりがちだという点です。売上や人繰り、取引先との関係維持など、承継直後にやるべきことは山積みで、Wi-Fiのような「動いていれば気にしない」領域は後回しにされやすい構造があります。しかし、後回しにした結果として業務が止まってしまえば、そのしわ寄せは必ず現場の社員に及びます。だからこそ、承継後の早い時期に一度、腰を据えて調査しておく価値があるのです。

手順2:ルーターとアクセスポイントの「現物」を確認する

次に、実際に社内のどこにルーターやアクセスポイント(Wi-Fi電波を飛ばす機器)が設置されているかを目視で確認します。先代の時代に設置されたまま、誰も存在を意識していないケースは非常に多く見られます。確認すべきポイントは次の通りです。

  • 設置場所が金属製のロッカーや棚の中、床に近い場所など、電波が遮られやすい位置にないか
  • 電子レンジ、コピー機、無線機器など干渉源になりやすい機器のすぐ近くに置かれていないか
  • 機器本体にホコリが積もっていたり、通気口が塞がれていたりして熱がこもっていないか
  • 機種名やシールに記載された発売年から、導入後どれくらい年数が経過しているか

NTT東日本の法人向けコラムでも、オフィスの通信不調の原因としてルーターの設置場所や機器の老朽化が挙げられています。特に承継企業では「先代の代からずっと同じ機器を使い続けている」というケースが珍しくなく、これが後述する重大なリスクにもつながります。

手順3:接続台数を数えてみる

中小企業のオフィスでは、創業当初に想定していたよりもWi-Fi接続台数が増えていることがよくあります。パソコンだけでなく、スマートフォン、タブレット、複合機、監視カメラ、POSレジ、さらには社員が個人で持ち込んだスマートウォッチまで、すべてが同じアクセスポイントに接続されている場合があります。

一度、事務所内の全員に「今Wi-Fiに接続している機器をすべて教えてください」と聞いてみることをおすすめします。想像以上の台数が出てくることが多く、家庭用に近い性能のルーターを法人利用で長年使い続けていた場合、同時接続数の上限に近づいている可能性があります。この作業は、後述するIT資産管理の第一歩にもなります。網羅的な進め方は非IT出身の承継社長のためのIT資産管理の始め方にまとめてある。会社にどんな機器がいくつあるかを把握することは、Wi-Fi問題の解決だけでなく、今後の情報資産管理全体の土台になります。

手順4:チャンネルの重複を確認する

これは少し技術的な話になりますが、承継社長でも押さえておく価値があります。ビル内や商店街の中に複数の会社が入居している場合、隣接するオフィスのWi-Fiと自社のWi-Fiが同じ無線チャンネルを使ってしまい、干渉が起きることがあります。パナソニックEWネットワークスやテックウインドなどの技術解説によれば、2.4GHz帯は干渉せずに使えるチャンネルが3つしかないのに対し、5GHz帯は合計19チャンネルもの選択肢があるとされています。

もし自社のWi-Fi機器の設定画面(管理画面)にアクセスできるなら、以下を確認してみましょう。

管理画面のURL・ID・パスワードは、機器本体のシールに記載されていることが多いです。もし先代の代からパスワードが変更されておらず、初期設定のままだった場合、それ自体がセキュリティ上のリスクになります。この機会に強固なパスワードへ変更することを検討してください。

管理画面にログインできたら、使用中のチャンネルが「自動」設定になっているかを確認し、自動設定であればまずそのままにして問題ないか様子を見ます。もし手動で古いチャンネルに固定されている場合は、自動選択に切り替えるだけで改善する場合もあります。ただし設定変更は営業時間外に行い、変更前に現在の設定をメモか写真で残しておくことが重要です。

手順5:ファームウェアの更新状況を確認する

ここが承継企業で特に見落とされがちなポイントです。ファームウェアとは、ルーターやアクセスポイント本体を動かす基本的なソフトウェアのことです。IPA(情報処理推進機構)は、メーカーのサポートが終了した機器は新たな脆弱性が発見されても修正パッチが提供されず、悪用されるリスクが高まるとして注意を呼びかけています。実際に2024年にはバッファロー製のWi-Fiルーターに脆弱性が見つかり、IPAなどが「最新版ファームウェアへの更新を」と注意喚起した事例もありました。

つまり、社内Wi-Fiの「不安定さ」の背景に、実は誰かが不正にアクセスを試みている、あるいは古い脆弱性を突かれて機器の動作が不安定になっているという可能性もゼロではないということです。以下の点を確認してください。

  1. 機器のメーカー公式サイトで、現在使っている機種のサポート状況(サポート終了機種かどうか)を検索する
  2. 管理画面に「ファームウェア更新」の項目があるか確認し、最新版が適用されているか確認する
  3. 導入時期が5年以上前で、一度も更新した記憶がない場合は、その時点でリプレース(買い替え)を検討する

古いルーターを使い続けることは、単なる通信の不安定さだけでなく、社外から侵入されて社内データを暗号化され金銭を要求されるランサムウェアの入口になるリスクも伴います。ネットワーク機器の脆弱性を悪用した攻撃は、中小企業であっても標的から外れる保証はありません。IT資産のパッチマネジメントという考え方は、パソコンやサーバーだけでなく、ルーターのようなネットワーク機器にも同じように当てはめる必要があります。定期的な更新を怠らないという地味な習慣こそが、派手な事故を防ぐ最大の防波堤になります。

手順5.5:エラーが出る業務ソフト・クラウドサービスを絞り込む

Wi-Fiが不安定なとき、社内のあらゆるシステムが同じように影響を受けるわけではありません。実際には、使っているサービスの種類によって不調の出方が大きく異なります。例えば以下のような傾向がよく見られます。

サービスの種類不安定さの出方
クラウド会計・クラウド人事労務ログインエラー、保存時のタイムアウト
メールソフト(クラウド型)送受信の遅延、添付ファイルの送信失敗
オンライン会議(Web会議システム)音声や映像の途切れ、接続の切断
社内のファイルサーバー(オンプレミス)大容量ファイル転送時のみ遅い

もし社内で使っている基幹システムが、社外のクラウドではなく自社の建物内に設置されたサーバーで稼働するタイプのシステムであれば、そのサーバーとの通信がWi-Fi経由になっていないかも確認してみましょう。社内設置型のサーバーとやりとりする通信は、社外のクラウドサービスとの通信よりも本来は安定しやすいはずなので、ここで不安定さが出ている場合はアクセスポイントとサーバーの間の経路に問題がある可能性が高くなります。

このように「どのサービスで症状が出やすいか」を絞り込むことも、手順1で作った記録表の延長として非常に有効です。特定のサービスだけに症状が偏っている場合は、Wi-Fi自体よりもそのサービス側の相性や設定に問題がある可能性も視野に入れて調査を進めましょう。

手順6:社員の「シャドーIT」を洗い出す

承継後によくある発見の一つが、経営者の知らないところで導入された機器やサービスの存在です。営業担当者が個人契約したモバイルWi-Fiルーターを事務所に持ち込んで使っていたり、退職した社員が設置した中継器がそのまま放置されていたりするケースは少なくありません。こうした管理者の許可を得ずに使われている機器やサービスはシャドーITと呼ばれ、通信の不安定さだけでなく情報漏洩のリスクも高めます。

こうした機器やサービスの洗い出し方は承継後に気づく、社内のシャドーITの見つけ方と対処でも詳しく扱っている。一度、社内でヒアリングを行い、「会社のWi-Fi以外に個人で使っている通信機器はあるか」を確認してみましょう。古参社員ほど、良かれと思って独自の工夫を積み重ねていることがあり、それが結果的にネットワーク構成を複雑にしている場合があります。ここでも先代のやり方や社員の工夫を頭から否定せず、「今後のために現状を整理させてほしい」という姿勢で臨むことが、社内の協力を得るコツです。

手順7:有線接続との切り分けテストをする

Wi-Fiが不安定なのか、それとも回線自体(インターネット契約そのもの)が遅いのかを見分けるには、有線LANケーブルで直接パソコンをルーターにつないでみるのが最も確実な方法です。有線接続でも同じように遅い・切れるという症状が出るなら、問題はWi-Fi電波ではなく、そもそもの回線契約やプロバイダー側にある可能性が高くなります。逆に有線なら安定しているのにWi-Fiだけ不安定なら、これまで挙げてきたアクセスポイント側の問題である可能性が濃厚です。

この切り分けは専門知識がなくてもできる簡単なテストです。LANケーブル一本と数分の時間があれば実施できるので、業者に相談する前に必ず行っておきたい調査です。

手順8:複数のアクセスポイントの干渉を確認する

オフィスが複数フロアにわたる場合や広いフロアの場合、複数のアクセスポイントを設置していることがあります。この場合、隣接するアクセスポイント同士が同じチャンネルを使って干渉を起こす「セルフ干渉」が起きることがあります。特に増築や部署移動を重ねてきた会社では、当初の設計意図と現在のオフィスレイアウトがずれてしまい、アクセスポイントの配置が最適でなくなっているケースが目立ちます。

このケースでは、各アクセスポイントの設置場所を平面図に書き出し、電波が届く範囲を大まかに図示してみると、電波が重なりすぎている場所や逆に届いていない死角が見えてきます。これは業者に依頼する調査(電波サーベイ)でより精緻にできますが、まずは自分たちの目でおおまかな配置を確認するだけでも気づきがあります。

手順9:ネットワーク構成図の有無を確認する

ここまでの調査を進める中で痛感するのが、「そもそも自社のネットワーク構成を書いた図面が存在しない」という会社の多さです。先代の時代に機器を導入した業者が作成した図面が保管されている場合もありますが、多くの中小企業ではそうした資料が失われているか、そもそも作られていません。

この機会に、簡単な構成図を作っておくことを強くおすすめします。会社全体のシステム台帳の作り方は承継したらまず作る、システム管理台帳のテンプレートにまとめてあるので、Wi-Fi問題を機に一緒に整えてしまうのも一つの手だ。インターネット回線の契約情報、ルーターの機種と設置場所、各フロアのアクセスポイントの位置、主要な機器の接続関係を1枚の図にまとめるだけで、次に同じような不調が起きたときの調査時間が大幅に短縮されます。これは会社全体のIT機器を一覧で管理する台帳づくりの一部でもあり、Wi-Fi問題の解決を機に、会社全体のITインフラを可視化する第一歩と捉えることができます。専門的なツールを使わずとも、表計算ソフトのシート1枚で十分に始められます。

応急処置としてできること

原因の見当がついても、業者への相談や機器の交換にはどうしても数日から数週間かかることがあります。その間、業務を止めないための応急処置も知っておきましょう。

  • ルーターとアクセスポイントの電源を一度落とし、1分ほど待ってから再起動する(これだけで一時的に改善することが少なくありません)
  • 会議室で複数人が同時にWeb会議を行う予定がある日は、事前に会議室のアクセスポイント付近に人が集中しないよう座席を分散させる
  • どうしても安定した接続が必要な作業(オンライン商談や重要なファイル送信など)は、可能な範囲で有線LANに切り替える
  • 複合機やプリンターなど、常時Wi-Fiに接続しておく必要のない機器は、使う時だけ電源を入れる運用に一時的に変更する

これらはあくまで一時的な対処であり、根本原因を解決するものではありません。ただし、応急処置で当面の業務が回るようになれば、落ち着いて手順に沿った調査や業者への相談を進める時間を確保できます。焦って高額な機器をその場で買い替えるよりも、まずは応急処置で時間を作ることを優先しましょう。

よくある誤解を解いておく

Wi-Fi不調の調査を進める過程で、社内でよく出てくる誤解についても触れておきます。一つは「Wi-Fiの電波は壁があっても関係なく飛ぶはずだ」という誤解です。実際には壁の材質、特に鉄筋コンクリートや金属製のパーティションは電波を大きく減衰させます。オフィスのレイアウト変更や増築を重ねてきた会社では、当初想定していなかった壁や仕切りが電波の通り道を塞いでいることがよくあります。

もう一つは「回線速度の契約プランを上げれば必ず解決する」という誤解です。回線契約そのものの速度と、社内のWi-Fi電波の質は別の問題です。契約プランを高速なものに変更しても、社内のアクセスポイントが古かったり設置場所が悪かったりすれば、体感速度は改善しません。逆に言えば、契約プランを見直す前に、まずこの記事で紹介した手順で社内側の要因を洗い出しておくことで、無駄な契約変更のコストを避けられます。

三つ目は「新しい機器に交換すればすべて解決する」という誤解です。機器の老朽化が原因の場合は交換で改善しますが、電波干渉や接続台数の偏り、設置場所の問題が主因であれば、機器を新しくしても同じ場所に同じように置けば再び同じ症状が出ることがあります。交換とあわせて、設置場所の見直しや台数の分散も一緒に検討することが大切です。

承継企業ならではの落とし穴:契約者名義の問題

承継企業に特有の落とし穴として、インターネット回線やルーターのリース契約が「先代個人」の名義になっているケースがあります。会社としての契約ではなく、先代が個人事業主だった時代の名義がそのまま残っていたり、先代個人のクレジットカードで通信費が支払われていたりすることもあります。この状態では、契約者本人(先代)でなければプロバイダーへの問い合わせや契約変更ができず、いざ調査を進めようとした際に大きな障害になります。

Wi-Fi不調の調査を進める過程で、契約書やリース契約書を確認する機会があれば、契約者名義が会社になっているかどうかも必ず確認しておきましょう。もし個人名義のままであれば、早めに法人名義への変更手続きを進めることをおすすめします。これは通信トラブルの解決だけでなく、将来的な事業承継や契約整理の観点からも重要な作業です。

ゲスト用Wi-Fiを分けるという発想

意外と見落とされがちですが、来客用のWi-Fiと社内業務用のWi-Fiが同じネットワークになっている会社は少なくありません。取引先が商談中にスマートフォンで動画を見たり、大容量のファイルをダウンロードしたりすれば、その分だけ社内の業務用回線を圧迫します。多くの法人向けルーターにはゲスト用のネットワークを別に作成する機能が備わっているので、この機会に分離を検討してみるのもよいでしょう。

ゲスト用と業務用を分けることには、通信の混雑を避けるという実務的なメリットに加えて、来客の端末から社内の重要なデータに誤ってアクセスされてしまうリスクを下げるという安全面のメリットもあります。特に工場や店舗を併設している業態では、来店客や外部の作業員がWi-Fiを利用する機会も多いため、分離の効果は大きくなります。設定自体は管理画面から数分の作業で完了することが多いので、チャンネルの確認やファームウェアの更新と合わせて、この機会にチェックしておきたい項目です。

承継直後だからこそ調査に踏み出せる、という考え方

先代が現役だった頃は、「今のままで問題ないなら触らないでおこう」という判断が働きやすいものです。長年同じ体制で運営されてきた仕組みに手を入れることは、経営者にとっても現場にとっても、ある種の遠慮が伴います。しかし承継直後の今は、社内の誰もが「新しい体制になったのだから、これまでのやり方を一度見直すのは自然なことだ」と受け止めやすいタイミングでもあります。

この記事で紹介した調査は、Wi-Fiという一つの領域に限った話に見えるかもしれません。しかし実際にやってみると、ネットワーク機器の設置場所も、契約の名義も、社員が個人で持ち込んだ機器の存在も、すべて「会社の中で誰も全体像を把握していなかったもの」だったと気づくはずです。承継直後のこの時期に一度、こうした見えない部分を洗い出しておくことは、Wi-Fiの不調を直すことよりも大きな意味を持ちます。会社の実態を自分の目で確かめ、自分の言葉で説明できるようになる。それは、経営者としての足場を固める作業そのものです。

業者に相談すべきタイミングの見極め方

ここまでの手順を一通り試しても改善しない場合、あるいは調査の途中で自社だけでは判断がつかない技術的な壁にぶつかった場合は、迷わず専門業者に相談すべきタイミングです。自分で直すか外部に任せるかの判断軸そのものは、承継1年目、システムの不具合は自分で直すか開発会社に投げるかでも詳しく扱っている。判断基準を整理すると次のようになります。

社内Wi-Fi不調を自分で対処できるか業者に相談すべきかを見極める判断フロー。

  • 有線接続でも同様の不安定さが出る → 回線契約側の問題の可能性が高く、プロバイダーへの相談が先
  • 機器のサポートが終了しており、ファームウェア更新もできない → 業者に依頼して機器のリプレースを検討
  • オフィスが複数フロア・広範囲で、電波の死角や干渉が複雑に絡み合っている → 電波サーベイを含む専門調査が必要
  • 社内に専任のIT担当者がおらず、今後も同種のトラブルが繰り返されそうだ → 定期的な保守契約や顧問契約を検討

ここで大事なのは、「何を自分たちで調べた上で相談しているか」を業者に明確に伝えられる状態にしておくことです。前述の記録表や構成図があれば、業者とのやりとりが格段にスムーズになり、的外れな見積もりや過剰な提案を見抜く力にもなります。

再発防止のためにやっておきたいこと

原因が判明し、応急対応が済んだあとも、同じトラブルを繰り返さないための仕組みづくりが重要です。以下のような取り組みを検討してください。

  1. ネットワーク機器の型番・設置場所・導入年・保証期限を一覧にした簡易な管理台帳を作る
  2. ファームウェアの更新状況を年に1回はチェックする日を決めておく(例えば決算月など覚えやすい時期)
  3. 社員が個人の通信機器を持ち込む際は一声かけてもらうルールを周知する
  4. 新しい機器やサービスを導入する際の社内承認フローの中に「ネットワークへの影響」を確認する項目を一行加える

これらは特別な予算をかけずに、社内の運用ルールを整えるだけで実施できることばかりです。先代の時代にはなかった仕組みを承継後に整えていくことは、決して先代を否定する行為ではなく、会社を次の世代に引き渡すための当然の準備だと考えてください。

セキュリティ面から見た「安定」の本当の意味

最後に触れておきたいのは、Wi-Fiの「安定」とは単に速度が速いことだけを指すのではないという点です。誰でも簡単にパスワードなしで接続できるWi-Fiは、一見便利で「調子が良い」ように見えても、実は社外の人間が自由に社内ネットワークへ侵入できる状態にあるということでもあります。ゲスト用のWi-Fiと社内業務用のWi-Fiを分けずに運用している会社は、来客や取引先が持参したノートパソコンから、意図せず社内システムへアクセスできてしまう構成になっている場合もあります。

こうしたリスクを減らすには、社内で利用するアカウントに多要素認証(MFA)を導入しておくことも有効です。Wi-Fi自体の防御を固めるだけでなく、万が一ネットワークに侵入されたとしても、認証の壁を一段設けておくことで被害を最小限に食い止められます。承継直後の今は、こうした基本的な防御策を一つずつ積み重ねていく好機だと捉えてください。

まとめ:手順を踏めば、専門知識がなくても原因は見えてくる

社内Wi-Fiの不安定さは、多くの場合「電波の混雑」「機器の老朽化」「契約や体制の整理不足」という、承継企業に共通する構造的な要因が絡み合って起きています。難しい専門用語を覚える必要はありません。まずは症状を記録し、機器の現物を確認し、接続台数とチャンネルの状況を洗い出し、有線接続で切り分けるという手順を一つずつ踏むだけで、多くの場合原因の見当はつきます。

先代から引き継いだのは、株や工場や取引先との関係だけではありません。目には見えないけれど確かに会社を支えているネットワークという基盤も、あなたが引き継いだ資産の一つです。今日紹介した手順を実践し、あなたの会社のIT基盤を、次の世代にもっと良い状態で引き渡していきましょう。焦らず一つずつ、着実に整えていけば大丈夫です。

よくある質問

Q1. 先代の代から使っているルーターを交換すると、先代に悪いような気がしてしまいます。どう考えればいいですか。

機器の交換は先代のやり方を否定する行為ではなく、時代とともに変化する通信環境やセキュリティ要件に対応するための、経営判断としての更新です。先代が導入した当時は最適な選択だったとしても、5年、10年という時間が経てば状況は変わります。むしろ「先代が築いた基盤を、時代に合わせて次の世代がしっかり引き継いでいる」という前向きな説明を社内にすれば、古参社員の理解も得やすくなります。交換前に先代へ一言相談し、感謝を伝えつつ進めるという形をとる経営者も多く見られます。

Q2. 古参の総務担当者が「今まで大丈夫だったから触らなくていい」と言って調査に協力的ではありません。どう対応すればいいですか。

長年その体制で問題が表面化していなかったという事実は否定せず、まずその担当者の経験を尊重する姿勢を見せることが大切です。ただし「大丈夫だった」というのはあくまで結果論であり、機器のサポート終了やファームウェアの更新停止といったリスクは、事故が起きるまで見えないという性質があります。「あなたの今までのやり方を変えるわけではなく、もし何かあったときのために状況を記録・整理しておきたい」という説明で、変更ではなく可視化を目的としていることを伝えると協力を得やすくなります。

Q3. Wi-Fiルーターやアクセスポイントが会社名義ではなく、先代個人の契約になっている場合、どう対処すればいいですか。

まずは契約書やプロバイダーからの請求書を確認し、契約者名義と支払い方法を把握してください。個人名義のままだと、契約変更や解約、あるいは業者への調査依頼の際に本人(先代)の同意や手続きが必要になり、スムーズに進まないことがあります。プロバイダーに連絡し、法人名義への変更手続きの方法を確認するのが第一歩です。事業承継のタイミングで、通信契約以外にもリース契約やサブスクリプション契約が個人名義のまま残っていないか、まとめて確認しておくことをおすすめします。

Q4. 業者に調査を依頼する際、何を準備しておけば余計なコストをかけずに済みますか。

この記事で紹介した記録表(発生日時・場所・現象)と、簡単なネットワーク構成図(機器の設置場所・機種・導入年)があれば十分です。これらを事前に用意しておくことで、業者側も無駄な調査工程を省いて的確な診断ができ、結果として見積もりの精度も上がります。逆に何も準備せず「なんとなく遅い」という状態で相談すると、業者側も広範囲の調査を提案しがちで、コストが膨らみやすくなります。自分たちでできる調査は先にやっておくという姿勢が、費用対効果の面でも重要です。