先代の時代からの勤怠管理はもう限界?法対応の観点から

先代の代からずっと同じ出勤簿を使っている。タイムカードは置いてあるが、実際は現場のホワイトボードに出退勤時間を手書きし、月末に事務員がExcelへ転記して給与計算に回す——そんな運用のまま社長の椅子に座ることになった二代目・三代目の方は少なくないはずです。株式や登記の引き継ぎには税理士や司法書士という明確な相談先がいますが、「この勤怠管理のやり方、法律的に大丈夫なんだろうか」という疑問には、相談する相手が見つからないまま日々の業務に追われている方が多いのではないでしょうか。

結論から言えば、先代の時代から続く手書き・自己申告ベースの勤怠管理は、今の労働時間把握のルールに照らすと「客観的な記録」の要件を満たしていない可能性が高く、法対応の観点からは見直しが必要な状態にあるケースがほとんどです。本記事では、なぜ今の勤怠管理が「限界」だと言えるのか、何を根拠にそう判断するのか、そして中小企業がどこから手をつければいいのかを、経営を継いだ立場から見て整理していきます。IT部門も情シスもいない会社で、社長自身がこの判断をしなければならないという状況を前提に書いています。

こんな状態に心当たりがある方へ

以下のうち1つでも当てはまるなら、この記事はあなたのために書いています。

  • 先代が創業した頃からタイムカードや手書きの出勤簿の形式が変わっていない
  • 現場の勤怠は紙やExcelで管理し、月末に事務員が電卓とにらめっこしながら集計している
  • 「実際の残業時間」と「申告された残業時間」がずれていると薄々感じている
  • 古参の総務担当者が長年その方法でやってきており、変更を切り出しづらい
  • 承継してから労務関係の実務を初めてまじめに見直そうとしている

一つでも当てはまるなら、後回しにするほど労務リスクが積み重なる分野です。焦る必要はありませんが、正しい理解から始めましょう。

なぜ「先代の時代のやり方」がそのまま通用しないのか

先代が会社を興した時代と今とでは、勤怠管理を取り巻く法律のルールが大きく変わっています。多くの経営者は「昔からこのやり方で税務調査も労基署の調査も何も言われなかったから大丈夫」と考えがちですが、これは危険な思い込みです。労働法制は数年おきに改正されており、「今まで問題が起きなかった」ことは「今後も問題が起きない」ことの保証にはなりません。特に勤怠管理については、2017年に厚生労働省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定し、2019年には労働安全衛生法の改正によって「客観的な方法による労働時間の把握」が事実上義務化されています。先代の代に整備された仕組みが、この基準の「前」の発想で作られている可能性は十分にあります。

「客観的な記録」とは何を指すのか

厚生労働省のガイドラインが求めているのは、単に「時間を記録すること」ではなく「客観的な方法で時間を記録すること」です。具体的には、タイムカードやICカード、パソコンのログイン・ログオフの記録といった、使用者が意図的に操作しにくい記録方法が原則とされています。事業者が自ら現認して記録する方法も認められていますが、労働者本人の自己申告のみに頼る方法は、原則として推奨されない位置づけです。

先代時代の手書き自己申告と、法が求める客観的記録(打刻・システムログ等)を対比する図。

自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること、及び使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならない

つまり、自己申告制を採用すること自体は禁止されていませんが、実際の在社時間と申告時間に大きな差がある場合には会社側が実態を調査し補正する義務があるとされています。ホワイトボードへの手書きや、口頭での「だいたい何時から何時まで働いた」という申告ベースの運用は、この「著しい乖離」が発生しやすく、かつ会社側がそれに気づく仕組みを持っていないケースが大半です。

手書きの出勤簿は違法なのか

ここは経営者からよく聞かれる質問です。手書きの出勤簿そのものが即座に違法になるわけではありません。改ざん防止の措置や適切な保存体制が整っていれば、手書きの記録も一定の条件下では認められる余地があります。ただし、厚生労働省が示す「客観的な記録」の考え方からすれば、手書きは原則として推奨される方法ではなく、労基署の調査が入った際に「なぜこの方法を選んでいるのか」を説明できる状態にしておく必要があります。先代の時代に「みんな正直に書くから大丈夫」という前提で始めた運用が、今の基準では説明責任を果たしづらい形になっている、というのが実情に近い理解です。

中小企業だからこそ狙われやすい理由

大企業には労務専門の部署があり、社労士やコンプライアンス担当が定期的にチェックしています。一方、従業員10〜100人規模の中小企業では、勤怠管理は総務担当者1人が長年の慣習で回しているケースが多く、法改正への追随が後手に回りがちです。労働基準監督署の調査は、従業員からの申告(労基署への相談・通報)を契機に行われることが多く、退職者や在職中の不満を持つ従業員が「サービス残業をさせられていた」と申告するリスクは、会社の規模に関係なく存在します。むしろ、勤怠管理の仕組みが整っていない会社ほど、申告を受けた際に「実際は何時間働いていたのか」を証明する材料に乏しく、労働者側の主張がそのまま通りやすいという不利な立場に立たされます。

割増賃金率の引き上げという追加の圧力

勤怠管理の精度が問われる背景には、割増賃金のルール自体も変化しているという事情があります。2023年4月から中小企業にも、月60時間を超える時間外労働について50%の割増賃金率が適用されるようになりました。これは以前、中小企業には適用が猶予されていた措置が撤廃され、大企業と同じ基準になったものです。つまり、残業時間の集計を誤ると、その分の金銭的インパクトも以前より大きくなっているということです。手書きやExcelでの手集計では、60時間という境界線をまたいだ瞬間の割増率の切り替えを見落とすミスが起こりやすく、これは労働者に不利益(未払い賃金)を与えるだけでなく、発覚した際の遡及払い・是正勧告のリスクにも直結します。

項目先代時代の想定運用現在求められる基準
記録方法手書き・口頭・ホワイトボード転記タイムカード・ICカード・PCログ等の客観的記録
割増賃金率(月60時間超・中小企業)25%(旧基準)50%(2023年4月〜適用)
記録の保存期間慣習的に短期または未整理原則5年間(経過措置で当面3年間)
乖離の扱い特に検証せず承認著しい乖離があれば実態調査・補正が必要

記録の保存期間も「先代基準」のままでは危ない

賃金台帳や出勤簿の保存期間についても法改正がありました。労働基準法第109条では、賃金台帳の保存期間は最後の記載日から原則5年間とされていますが、経過措置により当分の間は3年間とされています。出勤簿についても同様の考え方が適用されます。先代の時代に「とりあえず数年分だけ保管しておけばいい」という感覚で運用していた書庫やファイルの整理ルールが、この基準に対応しているかどうかは、承継後に一度確認しておくべきポイントです。労基署の調査は突然入ることが多く、「過去の記録が残っていない」状態は、それ自体が調査官の疑念を強める要因になります。

古参社員との関係でつまずきやすいポイント

勤怠管理の見直しを難しくしているのは、法律の知識不足だけではありません。長年その方法で総務を担ってきた古参社員にとって、勤怠の仕組みを変えることは「自分の仕事の否定」と受け取られやすいという事情があります。先代の右腕として会社を支えてきた総務担当者に対して、二代目・三代目社長が「今のやり方は法律的に問題がある」と正面から切り出すのは、想像以上に気を使う場面です。

ここで大切なのは、「今までのやり方が間違っていた」という否定の構図ではなく、「法律のルール自体が変わったので、会社を守るために仕組みを更新する」という説明の仕方です。実際、2017年のガイドライン策定や2019年の法改正、2023年の割増賃金率変更は、いずれも会社側の裁量とは無関係に外部で決まったルール変更です。古参社員の過去の仕事を否定するのではなく、「先代が守ってきた会社を、これからも守るための対応」という位置づけで話を進めると、抵抗感を和らげやすくなります。

先代への配慮という視点も忘れずに

もう一つ配慮したいのは、先代自身への向き合い方です。先代が現役の頃に整えた勤怠管理の仕組みを大きく変えることに、先代本人が寂しさや抵抗を感じる場合もあります。特に、先代がまだ会長や顧問として会社に関わっている場合、勤怠ルールの変更は「先代のやり方を否定する」ように見えかねません。この場合も、「法律が変わったから」という外部要因を明確にしたうえで、先代の功績や判断そのものは尊重する姿勢を崩さないことが、社内の心理的な摩擦を減らす鍵になります。承継直後は、業務の仕組みを変える一つひとつの判断が、先代との関係性にも影響することを踏まえておく必要があります。

何から手をつければいいのか

法対応の観点で優先順位をつけるなら、次の順番で見ていくのが現実的です。

勤怠管理の見直しを、現状の記録方法や拠点数に応じてどの対応を選ぶべきか分岐させる判断フロー図。

  1. 現状把握: 今の勤怠記録の方法(手書き・タイムカード・Excelなど)と、記録の保存状態を確認する
  2. 乖離の確認: 自己申告と実際の在社時間(PCのログイン時間や入退室記録があれば)にどの程度のズレがあるかをサンプル調査する
  3. 記録方法の見直し: 客観的な記録方法(タイムカード、ICカード、勤怠管理システムなど)への切り替えを検討する
  4. 割増賃金の再計算ルール確認: 月60時間超の残業について、正しい割増率で計算されているかを確認する
  5. 保存体制の整備: 賃金台帳・出勤簿の保存期間(原則5年、経過措置で3年)に対応した保管方法を整える

一足飛びに全部を変える必要はありません。まずは現状把握と乖離の確認から始めるだけでも、会社が抱えているリスクの輪郭が見えてきます。

勤怠管理システムへの移行は必須なのか

「客観的な記録」を実現する手段として、専用の勤怠管理システムを導入するのが最も確実な方法の一つです。ただし、システムを導入すれば即座に安心というわけでもありません。導入時に既存のExcel運用からデータを移行する場合、氏名の表記ゆれ、部署名の変更履歴、退職者データの扱いなど、想像以上に地味な作業が発生します。ここで重要になるのがデータクレンジングという考え方です。長年蓄積されたExcelの勤怠データは、フォーマットが年度ごとに微妙に異なっていたり、手入力のミスが混在していたりすることが多く、そのまま新システムに読み込ませようとするとエラーの山になります。移行前に一度、データの形式を整える作業を挟むことで、後工程の手間を大きく減らせます。

いきなり大規模システムでなくてもいい

「勤怠管理システム」と聞くと、大がかりな刷新を想像して腰が引ける経営者も多いですが、実際には段階的なアプローチが可能です。すでに社内でExcelを使っているなら、まずはVBAマクロを使って集計作業を自動化するだけでも、手計算によるミスや割増賃金率の見落としを大幅に減らせます。全社員分のタイムスタンプ付きデータをExcel上で自動集計し、60時間を超えた時点で自動的に警告を出すような仕組みを組むことも、専門のエンジニアでなくても実現可能な範囲です。大きな投資判断をする前に、今ある道具でどこまで改善できるかを試すのは、承継直後の会社にとって現実的な選択肢です。

相談先がいないという孤独感への向き合い方

株式の承継や登記変更であれば、税理士や司法書士という明確な専門家がいて、手続きの型も確立されています。しかし勤怠管理のような日々の業務システムについては、「誰に相談すればいいのか分からない」という孤独感を抱えている社長は少なくありません。社労士は労務のルール面には強くても、具体的にどのツールを使ってどう仕組みを組むかという実務的な部分までは踏み込まないことが多く、逆にシステム会社は法律の細かい要件までは詳しくない、という間の隙間に落ちてしまいがちです。

この隙間を埋めるには、まず自社の勤怠管理が今どういう状態にあるのかを整理し、「法律的に何が求められているのか」「今の運用がどこで足りていないのか」を言語化することが第一歩になります。本記事のような整理を土台にして、社労士には制度面の確認を、システム導入の実務面は別の専門家に相談する、という分業を意識すると、相談先の不在という壁を少しずつ越えていけます。他の先代由来の業務についても同じような判断ラインで悩む場合は、同時に開けない先代のExcel台帳、システム化の判断ラインはどこかも参考になります。

労基署の調査が入ったらどうなるか

もし労働基準監督署の調査が入った場合、勤怠記録の提出を求められるのが一般的な流れです。ここで記録が「客観的な方法」で取られていない、あるいは保存期間の基準を満たしていないことが分かると、是正勧告の対象になる可能性があります。特に注意したいのは、調査のきっかけが従業員からの申告であることが多い点です。承継直後は、先代時代からの従業員の中に「代替わりを機に会社の姿勢を見極めたい」という心理が働くこともあり、労務面での不透明さがそのまま不信につながるリスクもあります。逆に言えば、承継のタイミングで勤怠管理を透明化することは、従業員との信頼関係を新たに築く機会にもなり得ます。

CSVでのデータ管理という中間的な選択肢

勤怠管理システムを導入する前段階として、複数の拠点や部署で別々に管理されているExcelファイルを一つの形式に統合する作業も、承継後によく発生する課題です。拠点ごとにフォーマットが違う勤怠データを統合する際には、CSV形式でいったんデータを吐き出し、共通のフォーマットに揃えるという手順を踏むと、後々の分析や給与計算ソフトへの取り込みがスムーズになります。先代の時代は拠点ごとに担当者が独自の管理方法を続けていたケースも多く、承継を機にこうした「バラバラな運用」を一度可視化するだけでも、リスクの発見につながります。

就業規則との整合性も見落とせない

勤怠管理の見直しをする際、忘れがちなのが就業規則との整合性です。就業規則に定めた勤務時間や休憩時間、残業の申請フローと、実際の勤怠記録の運用が食い違っている会社は少なくありません。先代の時代に作られた就業規則がそのまま放置され、実際の働き方が変わっているにもかかわらず規則が更新されていないケースもよく見られます。勤怠管理システムを新しく入れるタイミングは、就業規則の内容を見直す好機でもあります。システムの設定と就業規則の内容がズレていると、システム上は正しく記録されているのに、規則上の定義とは異なる運用になってしまうという新たな不整合を生みかねません。

経営者自身の勤怠はどう扱うか

もう一つ、承継した社長本人が意外と見落としがちなのが、自分自身の勤怠の扱いです。中小企業の経営者は労働基準法上の「労働者」には該当しないため、勤怠管理の対象外になるケースが多いのですが、取締役でありながら実質的に現場作業を兼務している「兼務役員」の場合は、労働者としての側面について勤怠管理の対象に含める必要が出てくることがあります。先代がワンマンで現場も回していた会社ほど、この境界が曖昧なまま引き継がれていることがあるため、承継後に自分の立場がどちらに該当するのかを一度確認しておくと安心です。

システム選定で失敗しないための視点

勤怠管理システムを選ぶ際、機能の多さや知名度だけで決めてしまうと、現場に浸透せず結局Excelに戻ってしまうという失敗パターンがあります。中小企業の現場では、スマートフォンでの打刻対応や、既存の給与計算ソフトとの連携のしやすさ、そして何より「今の従業員がすぐに使える簡単さ」が重要な選定基準になります。特に、現場作業が中心で普段パソコンに触れない従業員が多い会社では、打刻の手間が増えることへの抵抗が予想以上に大きいことがあります。導入前に一部の部署や拠点で試験運用を行い、現場の声を吸い上げてから全社展開するという段階的な進め方が、失敗を減らす現実的な方法です。

承継直後だからこそ変えやすいという側面

一見ネガティブな話が続きましたが、視点を変えれば、承継直後は勤怠管理を見直す好機でもあります。先代が経営していた期間中に定着した運用を変えるのは、代替わりのタイミングでなければ「なぜ今変えるのか」という説明が難しくなります。逆に「社長が変わったので、この機会に会社の仕組みを法律に合わせて整備する」という説明は、従業員にとっても納得しやすいタイミングです。古参社員にとっても、先代への配慮を保ったまま新しい仕組みに移行できる、ちょうどいい節目だと捉えることができます。

専門家への相談を組み合わせる考え方

勤怠管理の法対応は、一人で完璧に判断しようとすると身動きが取れなくなりがちな分野です。社労士による制度面のチェック、システム導入の実務支援、そして社内での説明・浸透という3つの軸を分けて考え、それぞれに適した相談先を見つけていくことが現実的です。特に、割増賃金の計算方法や、乖離が生じた場合の補正の考え方など、専門的な判断が必要な部分は、早めに社労士に相談しておくことで、後になって大きな遡及払いが発生するリスクを減らせます。システム導入の実務については、社内にIT担当者がいない場合、外部のシステム会社やコンサルタントと連携しながら、段階的に導入を進める方法が現実的です。

Power Automateなど自動化ツールという選択肢

大がかりな勤怠管理システムの導入をいきなり決断できない会社でも、Microsoft 365やGoogle Workspaceといった既存の契約の中に、勤怠の自動化に使えるツールが眠っているケースがあります。たとえばPower Automateを使えば、Excelに入力された出退勤データを条件に応じて自動的に集計し、閾値を超えた場合に総務担当者へ通知を送るといった仕組みを、比較的低コストで構築できます。すでにMicrosoft 365を契約している会社であれば追加のライセンス費用なしで使える場合もあり、大規模なシステム投資の判断を先送りにしたまま、まず自動化の効果を試すことができます。もちろん自動化ツールだけでは「客観的な記録」の要件を完全に満たすわけではありませんが、手集計によるヒューマンエラーを減らすという点では、承継直後の会社にとって現実的な第一歩になります。

現場の負担を増やさない工夫

勤怠管理の仕組みを変える際、経営者が意外と見落としがちなのが「現場の従業員がどう感じるか」という視点です。特に工場や店舗など、パソコンに不慣れな従業員が多い現場では、新しい打刻方法の導入がそのまま「面倒な作業が増えた」という不満に直結しかねません。先代の時代は「口頭で報告すればよかった」というシンプルな運用だったからこそ、現場から受け入れられていたという経緯があるかもしれません。そこを踏まえずに一気に厳格なシステムへ切り替えると、現場の反発を招き、結果として運用が徹底されず、記録の精度がむしろ下がってしまうという逆効果も起こり得ます。打刻の手間を最小限にする、スマートフォンのアプリで簡単にワンタップできる、といった現場目線での使いやすさを優先しながら、法対応の要件を満たす仕組みを選ぶバランス感覚が求められます。

給与計算ソフトとの連携も確認しておく

勤怠管理の記録方法を見直す際、給与計算ソフトとの連携をあらかじめ確認しておくことも重要です。せっかく客観的な記録が取れる仕組みを導入しても、そのデータを給与計算ソフトに手動で再入力しているようでは、二重の手間が発生するだけでなく、転記ミスによる新たなリスクも生まれます。先代の時代は勤怠と給与計算が別々の担当者・別々の紙やファイルで管理されていたことも多く、承継後にその連携状況を確認してみると、思いのほか非効率な運用が見つかることがあります。勤怠システムを選ぶ際には、単体の機能だけでなく、既存の給与計算ソフトとどの程度連携できるかも合わせて検討することで、導入後の運用負担を大きく減らせます。

拠点が複数ある場合の注意点

支店や工場、店舗など複数の拠点を持つ会社を承継した場合、拠点ごとに勤怠管理の運用がバラバラになっているケースは珍しくありません。先代の台帳が拠点ごとに重複・肥大化している問題は先代の台帳が「重くて開けない」を放置するとどうなるかにも共通する構図です。ある拠点はタイムカードを使い、別の拠点は手書きの出勤簿、さらに別の拠点は責任者が口頭で本社に報告する、といった具合に、先代の時代からそれぞれの拠点責任者の裁量に任されてきた運用が積み重なっていることがあります。この状態のまま放置すると、拠点ごとに労務リスクの度合いが異なり、全社的なリスク管理が困難になります。承継を機に、まずは各拠点の現状の運用方法を一覧化し、どの拠点が「客観的な記録」の要件から最も離れているかを把握することが、優先順位をつける上での第一歩になります。拠点が離れている場合は、クラウド型の勤怠管理システムを使うことで、本社側からリアルタイムに各拠点の勤怠状況を確認できるようになり、拠点責任者への依存度を下げることもできます。

名義変更や契約形態の整理も同時に見ておく

勤怠管理の見直しと並行して、承継のタイミングでは雇用契約の名義や契約形態の整理も発生しやすいポイントです。先代個人の名前で契約していた雇用契約や、実質的に正社員のような働き方をしているにもかかわらずパート・アルバイトの契約形態のままになっている従業員がいる場合、勤怠管理の精度を上げることで、こうした契約形態と実態のズレが表面化することもあります。これは決して悪いことではなく、承継のタイミングでこうした不整合を発見し整理できることは、むしろ今後の労務リスクを未然に防ぐ機会だと捉えるべきです。勤怠データを客観的に取得できるようになると、誰がどれだけの時間働いているかが明確になり、契約形態の見直しが必要な従業員を特定しやすくなります。

是正勧告を受けた場合の実務対応

万が一、労働基準監督署から是正勧告を受けた場合、多くの経営者が最初に抱く感情は「先代の時代からのやり方をなぜ自分の代で指摘されるのか」という理不尽さです。しかし是正勧告は、あくまで現時点での法令遵守状況に対する指摘であり、経営者が誰であるかにかかわらず会社という法人に対して行われるものです。是正勧告を受けた場合は、指摘された期間について未払いの割増賃金がないかを遡って計算し、必要に応じて遡及払いを行うとともに、再発防止のための仕組み(客観的な記録方法への切り替えなど)を整備し、その対応状況を労基署に報告する流れが一般的です。この対応を先代に相談すべきかどうか悩む経営者もいますが、法令対応という性質上、経営判断として自分の代で完結させる姿勢を持つことが、社内外からの信頼を保つうえでも重要になります。

承継のタイミングを逃すと見直しが遅れる理由

経営を引き継いだ直後は、引き継ぎ業務や取引先への挨拶、金融機関との関係構築など、目の前のタスクに忙殺されがちです。その結果、勤怠管理のような「今すぐ火が出ているわけではない」課題は、どうしても後回しにされやすくなります。しかし、承継から半年、一年と時間が経つにつれて、社長自身が現状の運用に慣れてしまい、「今さら変えるのも面倒だ」という心理的なハードルが積み重なっていきます。先代から引き継いだ直後の数ヶ月は、まだ「これは先代の時代のやり方で、自分はまだそれを検証していない」という位置づけで見直しに着手できる期間です。この期間を過ぎると、良くも悪くも「自分の代のやり方」として定着してしまい、後から変えることが余計に難しくなります。承継直後にこそ、法対応の観点で一度立ち止まって現状を確認する価値があります。

社内での説明資料の作り方

古参社員や現場の従業員に勤怠管理の見直しを説明する際、口頭だけで伝えると「なんとなく厳しくなった」という印象だけが残り、納得感が得られないことがあります。効果的なのは、簡単な資料を用意して「何が変わったのか」「なぜ変わったのか」「従業員にとって何が変わるのか」を整理して見せることです。たとえば、2017年のガイドライン策定、2019年の法改正、2023年の割増賃金率変更という3つの外部要因を時系列で示し、それに対して会社としてどう対応するのかを一枚の紙にまとめるだけでも、社内の理解は大きく変わります。特に、割増賃金率が引き上げられたことは従業員自身の給与にも関わる話なので、「会社を守るためだけでなく、皆さんの残業代が正しく計算されるようにするための変更でもある」という説明は、従業員側の納得感を高めるうえで有効です。

顧問社労士がいない場合の探し方

先代の時代から顧問社労士がいない、あるいは顧問はいるが労務相談まではしていないという会社も少なくありません。この場合、勤怠管理の見直しを機に、社労士との関係を新たに構築することを検討する価値があります。社労士探しで重要なのは、単に手続き代行だけを担う社労士ではなく、就業規則の見直しや労働時間管理の実態把握まで一緒に考えてくれる相手を選ぶことです。地域の商工会議所や、承継時に相談した税理士・司法書士からの紹介を通じて社労士を探す方法もあります。承継関連の専門家同士は横のつながりを持っていることが多く、株式や登記の相談をした専門家に「労務面で相談できる社労士を知らないか」と聞いてみることも、相談先を見つける現実的な一歩になります。

小さく始めて実績を作るという進め方

法対応という言葉を聞くと、全てを一度に完璧にしなければならないというプレッシャーを感じる経営者も多いですが、実際には小さく始めて実績を積み上げていくアプローチが有効です。まずは一つの拠点、あるいは一つの部署だけでタイムカードやアプリ打刻を試験導入し、運用が定着することを確認したうえで、他の拠点や部署に展開していく。この段階的な進め方であれば、初期投資も限定的で済み、現場からの反発も最小限に抑えられます。承継直後の限られたリソースの中で法対応を進めるには、こうした「小さく試して広げる」という発想が、社長自身の負担を軽減するうえでも重要になります。

まとめ:限界だと感じたら、それは正しい感覚

先代の時代から続く勤怠管理の方法に、なんとなく不安を感じているとしたら、その感覚はおそらく正しいものです。労働時間把握のルールは2017年のガイドライン策定、2019年の法改正、2023年の割増賃金率変更と、段階的に厳格化されてきました。先代が現役だった時代に問題がなかったことは、今の基準で問題がないことを意味しません。とはいえ、全てを一度に変える必要はなく、現状把握から始め、古参社員や先代への配慮を保ちながら、一歩ずつ仕組みを整えていくことで十分に対応できます。承継したばかりの今こそ、会社を守る仕組みを更新する絶好のタイミングだと捉え直してみてください。

よくある質問

Q1. 先代が「今まで問題なかった」と言っている運用を変えると、先代との関係がこじれませんか。

法律のルール自体が外部要因で変わったことを丁寧に伝えれば、先代の過去の判断を否定する話にはなりません。「先代が守ってきた会社を、これからも守るための対応」という説明の仕方を意識し、変更の理由を法改正という外部要因に置くことで、先代の功績を尊重したまま仕組みを更新できます。

Q2. 古参の総務担当者が長年その方法でやってきた場合、どう切り出せばいいですか。

「今までのやり方が間違っていた」という否定形ではなく、「ルールが変わったので一緒に会社を守る仕組みを更新したい」という協力を求める形で伝えるのが有効です。担当者自身が最も現場の実情を知っているため、見直しの実務パートナーとして関わってもらう姿勢を示すと、抵抗感を和らげやすくなります。

Q3. 手書きの出勤簿は今すぐ違法になりますか。

即座に違法になるわけではありませんが、厚生労働省のガイドラインが求める「客観的な記録」の原則には当てはまらないとされています。改ざん防止措置や適切な保存体制が整っていれば認められる余地はあるものの、労基署の調査が入った際に説明責任を果たせる状態にしておくことが望ましいとされています。

Q4. 従業員の名義変更や氏名の表記ゆれなど、地味な作業が心配です。何から手をつければいいですか。

まずは既存のExcelデータを一つの形式に整理し直すことから始めるのが現実的です。表記のばらつきや入力ミスを整えるデータクレンジングの作業を挟んでから新しい仕組みに移行することで、後々のトラブルを大きく減らせます。一度に完璧を目指さず、段階的に整えていく姿勢で十分です。