まだ社長ではない自分に見えているもの

先代の下で後継者として働いていると、外から来た人間には見えない違和感に気づく瞬間がある。二重入力になっている台帳、誰も触れないExcelマクロ、更新が止まった顧客管理システム。現場に染まりきっていないからこそ拾える「おかしさ」は、実はこの引き継ぎ準備の期間にしか手に入らない貴重な観察材料になる。

ただし、気づくことと、それを口に出すことの間には距離がある。後継者としての立場はまだ「内定」の段階で、正式な決裁権は先代にある。ここで問題は一つ。見つけた問題点を今この場で指摘するか、社長になって権限を得るまで黙って温存しておくか。この判断を誤ると、信頼関係にも、承継後の改革のしやすさにも響く。

分かれ目は「誰の失点になるか」

気づいた問題は今指摘するか、承継後まで黙っておくか

指摘するかどうかを決める最大の分かれ目は、その問題が「今の体制の失点」として響くかどうかだ。

システムが古い、UIが使いにくい、といった技術的な問題は比較的安全に指摘できる。先代自身も薄々気づいていることが多く、「そうなんだよ、いつかは変えないとな」で終わることが多い。技術は誰かの責任というより、時代の変化として受け止めてもらいやすいテーマだからだ。

一方で、特定の社員の対応や、先代が選んだベンダーとの契約内容、あるいは先代自身が主導して導入した仕組みの不備については話が変わる。これは「誰かの判断が間違っていた」という指摘になりやすく、先代のメンツや古参社員との関係を直接刺す。ここを承継前の、決裁権もない立場から指摘すると、「まだ社長でもないのに」という反発を招きやすい。

指摘してよいパターン、待つべきパターン

指摘してよいのは、緊急性が高く、かつ属人的な非難につながらない問題だ。たとえばバックアップが実際には復元できない状態になっている、サポート切れのシステムが稼働している、といった「今すぐ止まったら会社が困る」類の話は、承継後まで黙っているリスクの方が大きい。この場合は「教えてください」という姿勢で先代に確認する形をとれば、指摘というより相談として受け止めてもらいやすい。

逆に待つべきなのは、緊急性が低く、かつ人間関係が絡む問題だ。長年使われてきたシステムの非効率、特定のベンダーとの馴れ合いのような契約、古参社員の仕事のやり方。これらは今指摘しても「今のままでいい」で流されるか、角が立つだけで終わる可能性が高い。この段階でやるべきは指摘ではなく記録だ。気づいたことをメモに残し、社長になってから着手する材料として温存しておく。

指摘する場合の伝え方

指摘を選ぶ場合も、断定形は避けたほうがいい。「これは問題です」ではなく「これはどういう経緯でこうなっているんですか」という質問形で入ると、先代の判断を否定せずに情報を引き出せる。多くの場合、その問題には先代なりの理由があり、単に無知や怠慢で放置されているわけではない。理由を聞いた上で、必要なら「将来的にはこう変えたほうがいいかもしれませんね」と、断定を避けた提案にとどめておくのが安全だ。

この時期に強く踏み込みすぎると、先代は「口出しされた」と感じ、以後の情報開示を渋るようになる。逆に慎重すぎて何も言わないと、社長になった瞬間に山積みの問題と向き合うことになり、初動が遅れる。ちょうどよい塩梅は、緊急性の高いものだけ相談形式で拾い上げ、それ以外はすべて記録して温存する、という線引きだ。

承継後にどう使うか

温存した問題点は、社長になった直後にすぐ着手する必要はない。承継後、最初の重要な1週間で何をすべきかにあるように、最初の期間は現状把握と信頼構築が優先される。ここで焦って一気に問題を解消しようとすると、古参社員の抵抗を招きやすい。

記録しておいた問題点は、権限を得た後に優先順位をつけて着手すればいい。その際の判断基準は承継後に毎月最初に見直しておきたいこと承継したらまず作るシステム管理台帳を参考にすると整理しやすい。

承継前の観察期間は、問題を解決する期間ではなく、問題を正確に見つけて記録する期間だと割り切ることが、この時期の判断を楽にする。