「全部読む」は承継前にはできない
承継前に契約書を読んでおいたほうがいいと聞いて、いざキャビネットを開けてみると、雇用契約書の束、リース契約、取引先との基本契約、システムの保守契約……想像以上の量に手が止まった、という声をよく聞きます。しかも承継前は権限が弱く、キャビネットの中身を自由に持ち出して読み込む時間も、経理や総務に「全部出してください」と頼める立場もまだありません。
限られた時間と限られた権限の中で、どの契約書から目を通すべきか。ここで多くの後継者が「とりあえず目についたものから」という順番で読み始めてしまい、結果として一番読んでおくべきものを承継後まで放置してしまいます。契約書は種類によって「読んでおかないと承継後にすぐ困るもの」と「後回しにしても実害が出にくいもの」に分かれます。この記事では、承継前に読める時間が限られている前提で、雇用契約・リース契約・取引基本契約の3種類をどの順番で読むべきかを整理します。
判断の分かれ目は「会社規模」と「契約の複雑さ」
どの契約から読むべきかは、会社の規模と契約内容の複雑さによって変わります。目安は次の2パターンです。
パターンA: 従業員10〜30人程度で、契約関係がシンプルな会社
取引先が固定的で、雇用形態も正社員中心、リース資産も複合機や社用車程度に限られる会社です。この規模であれば、契約書の絶対数が少ないため、承継前の限られた時間でも一通り目を通せる可能性があります。
パターンB: 従業員50人以上、または取引先・雇用形態・リース資産が多岐にわたる会社
契約社員・パート・業務委託が混在していたり、取引先ごとに個別の契約条件があったり、リース資産が製造設備や複数拠点にまたがっていたりする会社です。この規模になると、承継前にすべてを読み切るのは現実的ではありません。優先順位をつけて、読めるところから着手する前提に切り替える必要があります。
どちらのパターンでも、読む順番の基本方針は共通しています。「承継直後に判断を迫られる可能性が高いもの」から先に読むという原則です。
雇用契約を最初に読むべき理由
3種類の中で最も優先度が高いのは雇用契約です。理由は単純で、承継直後は「人」に関する判断を最も早く迫られるからです。古参社員の処遇、退職者が出た場合の対応、契約社員の更新時期などは、承継してすぐに向き合うことになります。
特に確認しておきたいのは次の点です。
- 雇用形態の内訳(正社員・契約社員・パート・業務委託の比率)
- 個別に有利な条件が設定されている社員がいないか(先代の口約束によるものを含む)
- 契約更新のタイミングが集中している時期はないか
雇用契約は法的な拘束力が強く、承継後に「知らなかった」では済まされない領域です。パターンA・パターンBいずれの会社規模でも、最優先で目を通しておくべき契約種別だと考えてください。
リース契約は「支払いが続くもの」を優先する
次に読んでおきたいのがリース契約です。ただし、すべてのリース契約を細かく読み込む必要はありません。承継前に確認すべきは「今後何年、いくら払い続けるのか」という支払い義務の全体像です。
複合機や社用車のリースは金額が読みやすい一方、製造設備や特殊機器のリースは契約期間が長く、途中解約に高額な違約金が発生することがあります。パターンBの会社規模では、リース契約の本数自体が多いため、まず契約金額の大きいものから確認し、小口のものは承継後の棚卸しに回すという判断も現実的です。
リース契約は「先代がまだ元気なうちに、なぜその機器を選んだのか」という経緯を聞けるかどうかで、承継後の判断のしやすさが変わります。契約書を読むだけでなく、可能であれば先代に一言、選定の背景を聞いておくとよいでしょう。
取引基本契約は「主要取引先」に絞る
取引基本契約は、パターンBのように取引先が多い会社ほど全件を読むのが難しい種類です。承継前の限られた時間では、売上・仕入れの上位を占める主要取引先との契約に絞って読むのが現実的な進め方です。
確認しておきたいのは、支払いサイト、契約解除の条項、価格改定の手続きといった、承継後の資金繰りや交渉力に直結する項目です。細かな納品条件や瑕疵担保の条項まで承継前に読み込む必要は基本的にありません。主要取引先の契約だけでも目を通しておけば、承継直後の取引継続判断で慌てずに済みます。
システム関連の契約は別軸で扱う
ここまでの3種類とは別に、開発会社との保守契約やSaaSの利用契約も承継前に把握しておきたい対象です。ただし、これらは雇用・リース・取引基本契約とは性質が異なり、「誰が契約者名義になっているか」「解約や乗り換えの制約がどこまであるか」という別の視点で読む必要があります。この点は先代の代からの開発会社に「うちでしか直せません」と言われたときに確認する契約書の項目で詳しく扱っています。
自力で読むか、士業に依頼するか
契約書の読み込みを自力でやるべきか、税理士や弁護士といった士業に依頼すべきかは、承継前によく出る悩みですが、この判断軸は保守契約の内容を契約前に確認すべき理由で扱う範囲とも重なるため、ここでは深入りしません。目安としては、パターンAのようにシンプルな契約関係であれば自力での通読も可能ですが、パターンBのように契約が複雑に絡み合っている場合や、雇用契約に不明瞭な条件が見つかった場合は、承継が正式に決まった段階で士業への相談を検討する価値があります。
読み終えたら、承継後の棚卸しにつなげる
承継前に契約書を読む目的は、内容を完全に理解することではありません。「何がどこにあり、何を確認すればいいか」の見当をつけておくことです。承継後は先代システムの現状調査(棚卸し)のやり方や承継したらまず作る、システム管理台帳のテンプレートを使って、契約情報も含めた本格的な棚卸しに進むことになります。承継前の契約書チェックは、その棚卸しをスムーズに始めるための下準備だと捉えておくとよいでしょう。
