なぜ「契約の洗い出し」が最初の作業になるのか
M&Aで会社を引き継いだ場合、承継1年目の初動は家族内承継とは大きく違います。家族内承継であれば、先代がまだ会社に顔を出してくれる期間に、少しずつ疑問を解消していくことができます。ところがM&Aでは、クロージング(取引完了)を境に前オーナーとの接点が急速に細くなっていくのが普通です。数ヶ月後には連絡すら取れなくなっているということも珍しくありません。
この「聞ける期間が短い」という制約の中で、1年目に最初にやるべきことは何か。それは、現場の業務改善でも、システムの中身の理解でもなく、前オーナーが結んでいた契約を洗い出し、名義を確認することです。理由は単純で、契約の名義や主体が誰なのかを把握しないまま時間が経つと、後から確認しようにも聞く相手がいなくなるからです。
判断の分かれ目:株式譲渡か、事業譲渡か
契約の洗い出しを始める前に、まず確認しておくべきことがあります。それは、自社が引き継いだM&Aのスキームが株式譲渡か事業譲渡かという点です。この違いによって、既存のシステム関連契約がどう扱われているかが根本的に変わります。
株式譲渡の場合、会社そのものの株主が変わるだけなので、法人格は継続しています。つまり、開発会社やSaaSベンダーとの契約は、基本的にそのまま会社に残っています。契約主体は変わっていないため、契約書を探して名義が「会社名」になっているか「前オーナー個人」になっているかを確認する作業が中心になります。
事業譲渡の場合は事情が異なります。事業譲渡は個々の資産・契約を選んで譲り受ける取引のため、システム関連の契約が譲渡対象に含まれているとは限りません。契約によっては、そのまま前の法人に残ってしまっている、あるいは契約の相手方(ベンダー側)の承諾がないと譲渡できないものもあります。この場合、「契約が本当にこちらに引き継がれているか」から確認する必要があり、株式譲渡よりも洗い出しの難易度が一段上がります。
どちらのスキームで承継したかによって、次にやるべき確認作業の重みづけが変わってきます。
株式譲渡の場合にまずやること
株式譲渡であれば、契約自体は会社に残っている前提で、次の順番で確認を進めます。
- ドメイン・サーバー・主要SaaSの契約名義をリストアップする。会社名義になっているか、前オーナー個人や前任の担当者名義のままかを確認します
- 請求書の宛先と支払い方法を確認する。前オーナー個人のクレジットカードで支払われているサービスは、支払いが止まった瞬間にサービス自体が止まるリスクを抱えています
- 開発会社・保守業者との契約書を探し、契約期間・自動更新の有無・解約条項を確認する
名義が前オーナー個人のままになっている契約は、前任の担当者名義のドメイン・サーバー契約を、承継後に取り戻す手順を参考に、早い段階で会社名義への変更を進めてください。ライセンス契約の名義変更で足踏みしやすいポイントは先代の代からのライセンス契約、名義変更で困らないための確認事項にまとめています。
事業譲渡の場合にまずやること
事業譲渡の場合は、名義確認の前に「そもそも引き継がれているか」を確認するところから始まります。
- 譲渡契約書に記載された譲渡対象資産のリストを確認し、システム関連契約が明記されているか確認する
- 契約の相手方(ベンダー)に承諾が必要かどうかを確認する。承諾なしに譲渡できない契約は、あらためて自社名義での再契約が必要になる場合があります
- 前の法人にしか使用権が残っていないライセンスやアカウントがないか、業務で日常的に使っているツールから逆算して洗い出す
この過程で、前オーナーが個人的な信頼関係で契約していたベンダーとの窓口が、承継後に事実上機能しなくなっているケースにも遭遇します。連絡が取れなくなったときの初動は先代の代からの開発会社と連絡が取れなくなったとき、まず確認すべき3つのことで扱っている内容が参考になります。
洗い出しと並行して記録に残す
どちらのスキームであっても、洗い出した契約情報はその場でメモや台帳に残しておくことが重要です。前オーナーに確認できる期間は限られており、後になって「あの契約書はどこにあったか」と探し直す余裕はありません。契約の名義・契約期間・窓口担当者・解約条件といった項目を、見つけた端から記録していく姿勢が、後々の交渉や乗り換え判断を楽にします。
まとめ:スキームの違いが、確認の出発点を決める
M&Aによる承継1年目は、まず自社が株式譲渡か事業譲渡かを確認し、それに応じて契約の洗い出し方を変えることから始めます。株式譲渡なら名義の確認が中心、事業譲渡ならそもそも引き継がれているかの確認が中心です。前オーナーとの接点が細くなる前に、システム関連の契約を優先的に洗い出しておくことが、1年目の最も重要な初動になります。
