社内の反対とは別に存在する、もう一つの壁
攻めのIT投資に踏み出そうとするとき、多くの承継社長がまず想定するのは古参社員からの抵抗だ。しかし守りの整備が一段落し、いよいよ次の一手を打とうという段階になって、もう一つの壁にぶつかることがある。経営の第一線からは退いたはずの先代が、攻めの投資判断にだけ口を出してくるというケースだ。
古参社員の反対は「説得」で向き合える。日々の業務を一緒にしている相手であり、時間をかけて信頼を積み上げれば態度は変わりうる。ところが先代の場合、事情が違う。先代は説得すべき相手ではなく、会社の歴史そのものであり、株主や相談役として実質的な影響力を保持していることも多い。ここを説得の延長で処理しようとすると、感情的なもつれに発展しやすい。
必要なのは説得ではなく、「攻めのIT投資の意思決定権をどこまで誰が持つか」という権限設計の話に、論点そのものをずらすことだ。
分かれ目は「先代の関与がどのフェーズに及ぶか」
先代の口出しにどう向き合うかは、関与が及ぶ範囲によって2つのパターンに分かれる。
パターンA: 投資判断そのものに関与しようとする
「そんな金をかけて何になる」「前はこうやっていた」といった形で、投資の可否や規模そのものに異論を挟んでくる場合だ。このパターンでは、先代の意見を個別に論破しようとするより、そもそも攻めのIT投資の決裁権限がどこにあるかを明文化する方が効く。守りの整備の段階では先代の経験則が有効な場面も多かったが、攻めの投資は不確実性を前提にした意思決定であり、性質が異なる。この違いを、感情ではなく権限規程や稟議フローという「制度」の言葉で示すと、話がこじれにくい。
パターンB: 投資後の運用や成果に口を出してくる
投資自体は了承したものの、導入後の使い方や結果に対して継続的に意見してくる場合だ。このパターンでは、事前に「いつ、誰が、何を基準に効果を判断するか」を決めておくことが有効になる。判断基準があいまいなまま進めると、先代の主観的な評価が事実上の最終判断として機能してしまいかねない。
どちらのパターンでも共通するのは、先代の意見を無視することが目的ではないという点だ。先代の顔を立てながら、しかし意思決定権の所在は曖昧にしないという両立を目指す。
それぞれの分岐でやるべきこと
パターンAに直面している場合は、攻めのIT投資に限定した稟議フローを新しく作り、そこに先代の関与ポイントを「報告」なのか「承認」なのかを明記しておくとよい。承認権限が実質的にどこにあるかを曖昧にしたまま進めると、投資が動き出した後で覆される事態を招く。稟議書は非IT出身の決裁者にも伝わる書き方を意識すると、先代を含めた関係者の納得も得やすい。
パターンBに直面している場合は、投資の前に効果測定の基準と時期を先代にも共有しておくことが有効だ。経営会議で説明する際の見積もり方を先に固めておけば、事後になって「思っていたのと違う」という水掛け論を避けやすい。
いずれの場合も、先代との関係は一度の交渉で決着するものではなく、長期的に付き合っていくものだという前提を持っておきたい。
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先代の口出しは、経営から完全に退いた後もゼロにはならないことが多い。だからこそ、その都度説得するのではなく、稟議や決裁権限という制度の形に落とし込んでおくことが、長期的にはお互いの消耗を減らす道になる。
