1年目は、予算の使いどころを間違えやすい
承継して最初の1年、システム関連の支出について相談を受けると、多くの社長が同じところでつまずいています。それは「金額の大小」ではなく「使う順番」です。
古いシステムの見た目が気になって刷新の見積もりを取りに行く一方で、バックアップが取れているかどうかは確認しないまま1年が過ぎてしまう。逆に、セキュリティ対策には及び腰なのに、社員から頼まれた新しいツールの導入にはあっさり予算をつけてしまう。どちらも、悪気があってのことではありません。何にお金をかけるべきかの判断基準を、まだ持っていないだけです。
1年目は、会社の状態を把握しきれていない中で予算の判断を迫られる時期です。だからこそ、最初に「かけるべきお金」と「かけなくていいお金」を2つに分けて考えておくことが役に立ちます。判断に迷ったときに立ち返れる軸があるだけで、稟議を通す速さも、後悔の少なさも変わってきます。
かけるべきお金――止まったら困ることへの投資
1年目に予算を惜しんではいけないのは、「起きたら事業が止まる、あるいは会社の信用を失う」領域です。具体的には次のようなものです。
- バックアップの整備と復元テスト
- 最低限のセキュリティ対策(多要素認証、退職者アカウントの整理など)
- 止まったら業務が回らないシステムの単一障害点の解消
- 保守切れ・サポート切れのまま放置されているサーバーやソフトの延命措置
これらに共通するのは、「効果が目に見えない」という性質です。バックアップは、災害やランサムウェアが起きて初めて価値がわかります。多要素認証は、不正ログインを未然に防いでいても、防げたこと自体は誰にも見えません。だからこそ後回しにされがちですが、承継1年目は特に注意が必要な時期です。先代の代からの運用がそのまま続いていて、実際に機能しているかどうかを誰も検証していないケースが多いからです。
たとえば バックアップ、先代の時代から取ってはいるが復元できるか試したことはあるか という論点は、多くの会社で見過ごされています。「バックアップは取れている」という報告と、「実際に復元できる」という事実の間には、意外と大きな差があります。これを1年目のうちに確認しておくかどうかで、いざというときの被害の大きさがまったく変わってきます。
同様に、全部を一度に守ろうとすると予算もキャパシティも足りなくなります。全部は守れない前提で、優先順位をつけるセキュリティ対策 という考え方に立って、まず止まったら困るものから手をつけるのが現実的です。
この領域への支出は、「削れないコスト」として最初から経営会議の議題に乗せておくべきものです。金額の多寡よりも、「やっていなかったことが判明した時点で速やかに着手する」姿勢が重要になります。
かけなくていいお金――1年目は判断材料が足りない
一方で、1年目に予算をかけなくていいのは、「見た目の改善」や「刷新」に関わる支出です。
- 古いシステムのUIを今風にする
- 使い慣れたExcel台帳を、内容を精査しないままシステム化する
- 開発会社を切り替えて基幹システムを作り直す
- 複数のツールを一気に統合する
これらが不要というわけではありません。むしろ数年のスパンで見れば、いずれ着手すべき投資です。問題は「1年目」というタイミングです。承継したばかりの社長には、まだ次の3つが揃っていません。
- 現場のどこに本当のボトルネックがあるかを知る材料
- 古参社員や現場との信頼関係
- 刷新にかけられる予算感の相場観
この3つが揃わないうちに刷新に着手すると、「見た目は新しくなったが、現場の使い勝手はむしろ悪化した」「高い買い物をしたのに誰も使っていない」という結果を招きやすくなります。刷新の失敗は、金額の大きさに比例して社内の信頼を失う速度も上がります。1年目に大きな刷新で躓くと、その後何年も「あの社長のIT投資は危ない」という空気が残ってしまいます。
見た目が古い、動作が遅いといった不満は、緊急性が低いものがほとんどです。承継したばかりの社長が、毎月最初に見直しておきたいこと のような形で定期的に状況を棚卸ししながら、優先順位を冷静に見極める期間として1年目を使うのが得策です。刷新を検討する段になったら、刷新を開発会社に相談する前に、決めておきたい3つのこと を先に固めておくと、いざ着手するときの判断が早くなります。
判断の分かれ目をどこに置くか
かけるべきかどうかで迷ったときは、次の問いを自分に投げかけてみてください。
「これが今止まったら、明日の業務は回るか」
回らないなら、それは緊急対応です。多少無理をしてでも予算をつけるべきものです。回るなら、それは改善・刷新の領域であり、1年目に急ぐ必要はありません。じっくり現場を見て、来年度以降の計画に組み込めばよいのです。
この線引きさえ持っておけば、古参社員から「先代のときはこうだった」と言われても、「これは業務が止まるリスクへの対応なので」と説明でき、逆に刷新を急かされても「まだ材料が揃っていないので来年度に判断します」と落ち着いて答えられます。1年目の予算配分は、金額の大きさを決める作業ではなく、この線引きを自分の中に持つ作業だと捉えておくとよいでしょう。
