巻き込み方は「その人」に依存していないか

刷新実行フェーズが進むうちに、最初は懐疑的だった古参社員が協力者に変わり、現場との橋渡し役を担ってくれるようになった——というのは、うまく進んでいる承継社長によく見られる状態です。ですが、この協力関係は、その古参社員が異動・引退すればいったんリセットされます。後任の担当者や、新しく現場をまとめる立場になった社員に、これまでの巻き込み方針をどう引き継ぐかを考えていない社長は少なくありません。

引き継ぎがうまくいかないと、これまで時間をかけて築いた現場との信頼関係が振り出しに戻り、刷新プロジェクトの推進力が一時的に失われます。この記事では、巻き込み方針を引き継ぐ際に、合意形成に時間をかけるべき局面と、期限を切って前に進めるべき局面の見極め方を整理します。

引き継ぎで最初に決めること: 「誰が」ではなく「何を」引き継ぐか

古参社員が異動・引退した後、巻き込み方針をどう引き継ぐか

古参社員の異動・引退が決まったら、まず整理すべきは後任者の人選ではなく、引き継ぐべき情報そのものです。属人化していた巻き込みノウハウを言語化しないまま人だけを交代させると、後任者は同じ苦労をゼロからやり直すことになります。

  • どの現場担当者が、どんな懸念を持っていたか(表向きの反対理由と、実際の懸念が違うケースも多い)
  • これまでの説明会や個別対話で、何を伝えて何を伝えていないか
  • 合意済みの事項と、まだペンディングになっている論点の区別

こうした情報は、日頃からシステム管理台帳のような形で記録しておくと、異動・引退のタイミングで慌てずに済みます。属人化を防ぐ記録の残し方は属人化した先代システムを防ぐ、承継後の管理台帳の作り方でも扱っている考え方ですが、システムだけでなく合意形成の経緯にも同じ発想が使えます。

分かれ目1: 合意形成に時間をかけるべき局面

後任者への引き継ぎ後、次のような論点が残っている場合は、期限を急がずに時間をかけるべきです。

  • 反対の理由が業務上の実害に基づいている場合: 単なる変化への抵抗ではなく、「このフローを変えると実際に月末処理が回らなくなる」といった具体的な懸念がある場合。ここを急いで押し切ると、運用開始後に本当に業務が止まるリスクがあります。
  • 後任者自身がまだ現場の信頼を得ていない場合: 前任の古参社員が持っていた信頼関係は、後任者に自動的には引き継がれません。後任者が現場との関係を作る時間を、プロジェクトのスケジュールに織り込む必要があります。
  • 説明会や現場での合意形成が前任者のスタイルに強く依存していた場合: 前任者だからこそ通っていた説明の仕方があるなら、後任者のやり方に合わせて仕切り直す時間が必要です。

古参社員を説得する場面そのものの進め方は古参社員を説得する、システム刷新の説明会の準備と進め方にまとめています。担当者が変わっても、この基本の進め方自体は引き継いで使えます。

分かれ目2: 期限を切って進めるべき局面

一方で、次のようなケースでは、引き継ぎを理由にいつまでも合意形成を引き延ばすべきではありません。

  • 反対の理由が「昔からのやり方を変えたくない」という感情的なものに留まり、具体的な実害が示されない場合
  • 後任者への引き継ぎ自体を、結論を先延ばしにする口実として使ってしまっている場合
  • プロジェクト全体のスケジュールに、法対応やEOL(サポート終了)などの外部要因による締め切りがある場合

こうした局面では、「担当者が変わったのでもう一度最初から」という進め方をしてしまうと、プロジェクト自体が長期間停滞します。引き継ぎのタイミングでこそ、いつまでに合意するかの期限を改めて明示し、後任者にもその期限を共有しておくことが重要です。

引き継ぎ後、社長自身が担うべき役割

古参社員が現場との橋渡し役を担っていた場合、その人が抜けた後の橋渡し機能を、後任者だけに任せきりにしないことも大切です。特に引き継ぎ直後の一定期間は、社長自身が定例の場に同席し、後任者の説明を後ろから支える姿勢を見せておくと、現場側も「方針は変わっていない」と安心できます。

この関与の濃淡の考え方は、外注先との関わり方における刷新を社内主導で進めるか外注に任せきりにするかの決め方とも通じる部分があります。任せきりにせず、かといって前任者の代わりに社長自身が矢面に立ち続けるのでもなく、後任者が自走できるまでの一定期間だけ支える、という距離感が現実的です。

トラブルが再燃した場合の対処

引き継ぎの過程で、いったん収まっていたはずの反対意見が再燃することもあります。感情的な対立に発展させないための交渉の進め方はトラブル時の交渉術。感情的にならずに解決するを参考にしてください。担当者が変わったタイミングは、過去の経緯を知らない後任者と現場の間で誤解が生まれやすい局面でもあるため、早めに事実関係を確認する姿勢が有効です。

まとめ: 引き継ぐのは「人」ではなく「進め方」

古参社員の異動・引退は、刷新プロジェクトにとって避けられない転機です。ここで巻き込み方針が途切れないようにするには、属人化していた合意形成の経緯を言語化して引き継ぎ、実害のある懸念には時間をかけ、感情的な引き延ばしには期限を切るという原則を、後任者とも共有しておく必要があります。

担当者が変わるたびに合意形成をゼロからやり直していては、刷新はいつまでも前に進みません。引き継ぎのタイミングこそ、これまでの巻き込みの経緯を資産として残す好機だと捉えて、次の担当者に渡してください。