良かれと思ってやったことが、一番危ない時期
承継前は、まだ社長ではないのに会社の将来が見え始めている、宙ぶらりんな時期です。「早く手を打っておきたい」という焦りと、「まだ自分の代ではない」という遠慮のあいだで、つい先走ってしまう人が少なくありません。
厄介なのは、先走った行動の多くが「会社のため」という善意から出ていることです。悪気があってやる人はまずいません。だからこそ、後から「なぜ黙って進めたんだ」と先代や古参社員との関係が壊れたとき、本人は何が悪かったのか分からずに戸惑うことになります。
この記事では、承継前についやってしまいがちなNG行動を5つ取り上げ、それぞれ「なぜ危険か」「代わりにどうすべきか」をセットで整理します。順番は危険度の高い順ではなく、時期によって直面しやすい順に並べています。
NG行動1:勝手に契約を解約する
「このSaaS、見るからに割高だし、もう解約していいだろう」と、承継前に独断で契約を切ってしまうケースです。まだ決裁権がない段階でこれをやると、名義人である先代の頭越しに事を進めたことになり、信頼を大きく損ないます。契約を切った直後に業務が止まって現場が混乱する、というありがちな事故も起きやすい行動です。
契約は「今は不要に見えても、実は別の業務が裏で依存している」ことが珍しくありません。特に保守契約や古いベンダーとの契約は、更新時期や解約条件を見誤ると、思わぬ違約金や業務停止のリスクにつながります。焦って解約する前に、まずは契約の中身と依存関係を洗い出すところから始めるべきです。
代わりにどうすべきか:解約の是非を判断するのは承継後で構いません。承継前にできるのは「この契約は何のためにあり、いつ更新期限が来るか」を先代に確認しておくことだけです。
NG行動2:独断でシステムを止める
古いシステムを見て「これはもう限界だろう」と、確認もなく止めてしまう、あるいは新しいツールに黙って切り替えてしまう行動です。動いているシステムには、表からは見えない役割が隠れていることがよくあります。ある部署の請求処理が、実はそのシステムの出力データに依存していた、というようなことは珍しくありません。
「動いているから触るな」と言われているシステムほど、なぜそう言われているのかの理由が共有されていないまま放置されているケースが多く、止めてみて初めて重大な依存に気づく、という事故が起きやすいのもこのパターンです。承継前の立場でこれをやると、取り返しのつかない業務停止を引き起こしかねません。
代わりにどうすべきか:止める前に、まず「なぜ触るなと言われているのか」を確認する側に回ることです。安全な調査・改修の順番については、コラムの「動いているから触るな」と古参社員に言われるシステムの安全な改修手順で詳しく扱っています。承継前の段階では、この調査すら始めず、当たりをつけるだけで十分です。
NG行動3:先代に無断でベンダーに連絡する
「先代を通さず、直接ベンダーに聞いた方が早い」と、開発会社やSaaSの担当者に単独で連絡を取ってしまう行動です。長年の付き合いがあるベンダーほど、先代との関係性の上に成り立っている取引条件や口約束が存在することがあります。後継者がいきなり連絡すると、ベンダー側は「先代を飛び越えて誰が話しているのか」と困惑し、先代の顔も潰すことになりかねません。
特に注意したいのは、値下げ交渉や解約の打診など、関係性に影響する話をいきなり切り出してしまうケースです。承継前の立場でこれをやると、ベンダーとの信頼関係だけでなく、先代との関係まで同時に壊しかねません。
代わりにどうすべきか:ベンダーへの接触は、必ず先代を経由するか、少なくとも先代の了承を得てから行うべきです。関係を壊さずに開発会社と付き合う考え方は、コラムの先代の顔を立てながら、開発会社と長期的にうまく付き合う方法に整理されています。承継前は接触そのものより、先代とベンダーがどんな関係で付き合っているかを観察する段階だと捉えてください。
NG行動4:社員に直接ヒアリングして回る
現場の実態を知りたい一心で、まだ社長でもないのに社員一人ひとりに「今の業務、困っていることはないですか」と聞いて回る行動です。目的は前向きでも、社員から見れば「まだ決まってもいない後継者が、先代に断りなく自分たちの不満を集めている」という状況に映ります。噂はすぐ広がり、先代の耳に入れば「なぜ自分を通さずに社員に接触したのか」という不信につながります。
古参社員ほど、こうした動きに敏感です。「今のままでいい」という反応が返ってくるのは、変化そのものへの抵抗というより、正式な手順を踏まずに聞かれたことへの警戒である場合も少なくありません。
代わりにどうすべきか:ヒアリングは、承継が正式に固まり、自分の立場が明確になってから、先代の了承のもとで行うべきものです。古参社員との向き合い方の最低ラインについては、コラムの古参社員の「今のままでいい」が招く停滞と、向き合い方の最低ラインを参照してください。承継前にできるのは、権限を使わない観察だけです。日常のやり取りを見て、誰がどんな業務をどう感じているかを、聞かずに察する程度にとどめておきます。
NG行動5:SNS等で承継の意向を先に発信する
「もうすぐ会社を継ぐつもりです」と、正式な発表より前にSNSや個人のブログなどで発信してしまう行動です。本人には隠す意図がなくても、取引先や社員がそれを先に目にしてしまうと、先代から正式な説明がある前に情報が独り歩きすることになります。特に古参社員にとっては、「自分たちが一番後に知らされた」という扱いは、その後の信頼関係に長く尾を引きます。
社外の取引先やベンダーが先に知ってしまうケースも同様です。契約や価格交渉のタイミングに「後継者はもう発信しているのに、社内では正式発表がない」というズレが生じると、社内外の足並みが崩れます。
代わりにどうすべきか:承継に関する対外的な発信は、先代と発表のタイミング・順序を必ずすり合わせてから行うことです。社内への発表が先、取引先への周知が次、社外発信は最後、という順序を崩さないようにします。焦って発信したい気持ちが出てきたら、それは「準備が進んでいる証拠」であって「発表していい理由」ではないと捉え直してください。
まとめ:先走りたくなったら、まず確認から
5つのNG行動に共通しているのは、「権限がまだ自分にないのに、権限があるかのように動いてしまう」という点です。承継前にできることは、決めることでも変えることでもなく、確認することと観察することです。先走りたい衝動が出てきたときほど、「これは今の自分が決めていいことか」を一度立ち止まって考えてみてください。
承継前の段階で当たりをつけておくべき情報の全体像は、核記事の承継前にやっておく、先代システムの「当たりのつけ方」で整理しています。あわせて読むことで、「何を今やるべきか」と「何をやってはいけないか」の両輪がそろいます。
