「聞けば分かる人」がそもそもいない
承継してまず困るのは、システムのことを聞きたいときに「この人に聞けばいい」という相手が定まらないことだ。従業員10人未満の会社では、情シス担当という肩書きの人間がまずいない。経理のベテランがPCの面倒も見ている、営業事務がプリンターの設定を知っている、社長自身(先代)がパスワードを全部覚えている——そんな形で、システムに関する知識が複数人に薄く分散しているケースがほとんどだ。
大企業やそれなりの規模の会社なら、情シス部門に聞けば大抵のことは分かる。しかし小規模な会社では、1人に聞いて終わりにできる構造そのものが存在しない。この違いを承継直後に理解していないと、「とりあえず一番詳しそうな人に聞く」を繰り返した挙句、その人が答えられない領域で立ち往生することになる。
だからこそ承継1年目、特に最初の1ヶ月でやるべきなのは「誰が一番詳しいか」を探すことではない。「何について誰に聞けばいいか」を機能単位で洗い出し、聞き先の地図を作ることだ。
分かれ目1: 先代がまだ現場にいるか、完全に退いたか
最初の分岐は、先代(前社長)が会長や相談役として引き続き会社に出入りしているか、それとも完全に退いているかだ。
先代がまだいる場合、最初の1ヶ月でやるべきは先代へのヒアリングの「回数を区切ること」だ。先代がいるという安心感から、聞きたいことを都度その場で聞くスタイルに流れがちだが、これは危険信号でもある。先代はいずれ完全に退く。その時になって「先代に聞けば分かったのに」という状態のシステムが山のように残っていたら、詰む。最初の1ヶ月のうちに、先代に対して「システム関連で知っていることを一度まとめて聞く時間」を最低1〜2回、意図的に設定する。日常業務の合間の立ち話ではなく、時間を区切ったヒアリングにするのがポイントだ。この段取りの立て方は会社を継いだ最初の1週間。先代のシステムをどう引き継ぐかで扱っている。
先代がすでに完全に退いている場合は、聞き先が「人」ではなく「モノ」に変わる。契約書、請求書、パスワードが書かれたメモ、古いメールのやり取り——これらから情報を逆算する調査になる。この場合、最初の1ヶ月でやるべきは「誰に聞くか」ではなく「何を漁れば手がかりが出るか」の当たりをつけることだ。仕様書がない先代システムの仕様を、動きから逆算して復元する方法が参考になる。
分かれ目2: 社内に「なんとなく詳しい人」がいるか、いないか
次の分岐は、情シス担当ではないが「PCに詳しい」「ITが得意」と周囲から見られている社員が社内にいるかどうかだ。
いる場合、その人に丸投げしたくなるが、最初の1ヶ月でやるべきはむしろ逆だ。その人が持っている知識を、その人だけのものにしないこと。なぜなら、その「なんとなく詳しい人」自身が退職・異動するリスクを、経営者になったばかりのあなたはまだ実感として持てていないからだ。先代の代からの属人化がまさにこの構造で起きている。同じ轍を踏まないために、最初の1ヶ月のうちにその人の知っていることを簡単な一覧にしてもらう、あるいは一緒に整理する時間を作る。属人化した先代システムを防ぐ、承継後の管理台帳の作り方にやり方がある。
いない場合は、社内に聞き先自体が存在しないということなので、外部の聞き先を確保する必要がある。先代の代からの開発会社やベンダーがあれば、まずはそこへの連絡窓口を確認する。連絡が取れるかどうか自体が最初の関門になることもある。先代の代からの開発会社と連絡が取れなくなったとき、まず確認すべき3つのことを先に読んでおくと、いざという時に慌てずに済む。
分かれ目3: 緊急で聞きたいことが今すでにあるか、まだないか
3つ目の分岐は時間的な切迫度だ。承継してすぐ「これが分からないと止まる」という具体的な困りごとが既にあるか、それとも今のところ大きな支障は出ていないかで、最初の1ヶ月の動き方が変わる。
困りごとが既にある場合は悠長に地図作りをしている場合ではない。目の前の一点について、可能な限りの手段で聞き先を探す。既存の付き合いのある社労士や税理士、商工会議所の窓口なども含めて、システムに詳しい相談相手を探す動きを並行させる。事業承継したら最初に相談すべき相手の見つけ方は承継前向けの内容だが、相談先の探し方自体は承継後でも流用できる。
差し迫った困りごとがまだない場合は、その猶予を使って前述の「聞き先の地図」作りに時間を使うべきだ。何も起きていない今のうちに、パスワードの管理者、契約書の保管場所、外部ベンダーの連絡先といった基本情報を洗い出しておく。何かが起きてから探し始めるのでは遅い。
最初の1ヶ月の終わりに手元に残すべきもの
どの分岐をたどったとしても、最初の1ヶ月の終わりに手元に残すべきものは共通している。「システムについて聞きたいことが出たとき、まず誰に、あるいはどこに連絡するか」を書き出した簡単なメモだ。完璧な管理台帳である必要はない。この段階ではまだ、日々の業務に追われながら最悪の事態を防ぐことが目的であって、システムを刷新したり整理し尽くしたりする段階ではない。
聞き先が1人に集中していないことを確認できていれば、最初の1ヶ月としては十分だ。次の一手としては、退職者アカウントの棚卸しなど、承継後すぐに手をつけるべき基本項目に進むとよい。承継したばかりの社長が、毎月最初に見直しておきたいこと、退職者アカウントの棚卸しを仕組み化するを合わせて確認しておきたい。
